山陽本線開通と鉄道工夫の汗 第5話:工夫たちの夢
作者のかつをです。
第十章の第5話をお届けします。
今回は過酷な労働の中で芽生えた、工夫たちのささやかな夢と希望を描きました。
鉄路の完成が近づくにつれて高まっていく彼らの期待感を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
鉄橋が架かってから、工事の進み具合は目に見えて速くなった。
線路の土台となる道床が固められ、そこに丈夫な栗の木で作られた枕木が等間隔で並べられていく。
そしていよいよ最後の仕上げ。
枕木の上に二本の鉄のレールを敷設していく作業だ。
吾一たち人夫の仕事も、少しずつ変わっていった。
ただ力任せに土を運ぶだけでなく、枕木の間隔を測ったりレールの歪みを調整したりと、より精密な作業が求められるようになった。
仕事は相変わらず厳しかったが、飯場の空気は以前とは少しだけ違っていた。
あの架橋工事という大きな仕事を共に成し遂げたことで、男たちの間には不思議な連帯感が生まれていたのだ。
夜、仕事が終わると男たちは焚き火を囲み、それぞれの夢を語り合うようになった。
「この工事が終わったら、俺は国へ帰って小さな店を持つだ」
「わしはこの鉄道の保線手になる。この俺たちが作った路を、今度は守る番だ」
皆口々に、未来への希望を語る。
その顔はここへ来た頃のような、荒んだ表情ではなかった。
吾一も源さんに、自らの夢を語った。
「俺は、この工事で貯めた金で親父たちに新しい畑を買ってやりてえ。そしていつか、この汽車に乗って母ちゃんを都見物に連れて行ってやるんだ」
源さんは黙ってその話を聞いていた。
そして自分の夢をぽつりと呟いた。
「……わしは一度でいい。武士としてではなく、ただの人間として江戸の土をもう一度踏んでみたい。そして親の墓に線香の一本でも上げてやりてえ。……この汽車ができれば、そんな夢も叶うかもしれんな」
それはこの地獄のような場所で彼らがようやく手に入れた、ささやかな、しかし、かけがえのない希望だった。
鉄道はただ物や人を運ぶだけではない。
自分たちのような名もなき人間の夢や希望も乗せて走るのだ。
吾一はそう信じ始めていた。
完成の日は近い。
誰もがそう思っていた。
しかし彼らのささやかな夢を無残に打ち砕く事故が、すぐそこまで迫っていることをまだ誰も知らなかった。
黒々とした鉄の路は、まるで運命のレールのようにただまっすぐに未来へと続いていた。
その先に光だけでなく、深い闇も待ち受けているとは知らずに。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
鉄道の開通は当時の人々にとって、まさに夢の乗り物でした。
これまで何日もかかっていた道のりがほんの数時間に短縮される。
それは人々の生活様式や価値観さえも大きく変える出来事だったのです。
さて、希望に満ちた工夫たち。
しかし近代化の光には、常に影がつきまといます。
彼らを悲劇が襲います。
次回、「事故」。
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