山陽本線開通と鉄道工夫の汗 第4話:鉄の龍
作者のかつをです。
第十章の第4話をお届けします。
今回は物語の一つのクライマックス。
鉄道建設の中でも特に困難を極めたであろう「架橋工事」の様子を描きました。
人力だけで巨大な鉄橋を架けていく、男たちの壮絶な闘いを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
季節は巡り、工事は新たな段階へと入っていた。
彼らの目の前に立ちはだかったのは、沼田川だった。
この穏やかな川の上に鉄の橋を架けなければ、汽車は通れない。
「いよいよ本番だぞお前ら! 気合を入れろ!」
頭の檄が飛ぶ。
まず川の中に橋の土台となる橋脚を築かなければならない。
そのためには川の流れを一時的に堰き止め、その中の水を全て汲み出すという途方もない作業が必要だった。
吾一たち人夫は来る日も来る日も泥水にまみれながら、土嚢を積み水を汲み出すポンプを動かし続けた。
冷たい川の水は容赦なく体温を奪い、多くの者が体調を崩したが工事は決して止まらなかった。
やがて川底が姿を現し、そこに巨大な石を組み上げて橋脚の基礎が築かれていく。
そしてついにその日がやってきた。
神戸の工場から船で運ばれてきた巨大な鉄の塊、「橋桁」が現場に到着したのだ。
「……でけえ」
誰もが息を呑んだ。
それはまるで巨大な鉄の龍の骨のようだった。
これを、あの川の両岸に渡す。
にわかには信じられない光景だった。
指導するのは異国の技師だった。
言葉は通じないが、その身振り手振りは的確で寸分の無駄もない。
巨大な滑車と何本もの太い綱を使い、てこの原理で少しずつ少しずつ鉄の龍は持ち上げられていく。
「エンヤラヤー、ソーレ!」
吾一も源さんも他の人夫たちと一緒に、泥に足を取られながら必死で綱を引いた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、血管が切れそうだった。
一歩でも気を抜けばこの鉄の龍はバランスを崩し、全てが水の泡となる。
張り詰めた緊張感の中、鉄の龍はゆっくりと空を舞った。
そして数時間にも及ぶ死闘の末。
ゴトンという地響きのような音と共に、橋桁は見事に両岸の橋台の上に収まった。
「うおおおおっ!」
その瞬間、それまで張り詰めていた空気が爆発したかのような歓声が上がった。
男たちは皆泥だらけの顔のまま、抱き合い涙を流して喜んだ。
吾一も源さんの大きな背中を、力一杯叩いていた。
自分たちの手で成し遂げたのだ。
この人間の力だけを頼りに、巨大な鉄の龍を川に架けた。
それは吾一がこの工事現場に来て初めて味わう、純粋な達成感と感動だった。
文明開化の光と影。
その影の部分で生きる自分たちのような人間にも、確かに時代を創り上げているのだという確かな手応え。
夕日に照らされ黒々としたシルエットとなって川の上に横たわる鉄の橋を見上げながら、吾一の心にはこれまでとは違う熱い誇りが込み上げてきていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
明治時代の鉄道建設にはお雇い外国人技師たちの指導が不可欠でした。
日本の工夫たちの勤勉さと外国の最新技術が融合することで、こうした難工事が成し遂げられていったのです。
さて、大きな仕事を成し遂げ誇りを手にした吾一たち。
しかしそんな彼らのささやかな絆を引き裂く、悲しい出来事が起こります。
次回、「工夫たちの夢」。
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