山陽本線開通と鉄道工夫の汗 第1話:測量の杭
作者のかつをです。
本日より新章を開始します。時代は明治、近代化の象徴である「鉄道」がテーマです。
文明開化の華々しいイメージの裏側で、その礎を築いた名もなき人々の労働がありました。
今回はそんな鉄道工夫たちの、知られざる物語に光を当てます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市。
ひっきりなしに列車が行き交う三原駅は、今も昔もこの地域の交通の要衝だ。
当たり前のように存在するこの鉄の路。
しかし、これが初めてこの土地に敷かれた時、人々は畏敬とそしてかすかな不安の入り混じった目で見つめていた。
これは、明治という新しい時代の光と影の中、日本の未来を信じ、自らの血と汗で鉄の路を未来へと繋いだ、名もなき工夫たちの物語である。
◇
明治二十五年、春。
三原の町とその周辺の村々に、奇妙な格好の一団が現れた。
筒状の機械を三脚の上に立てて覗き込む者、紅白に塗られた長い棒を持つ者。彼らは田畑や山林を我が物顔で歩き回り、時折地面に木製の杭を打ち込んでは次の場所へと移動していく。
「おい、ありゃあ一体何者だ?」
農作業の手を休めた村人たちが、訝しげに囁き合った。
「なんでも、お江戸……いや東京から来た、お上のお役人様らしいぞ」
「わしらの田んぼに勝手に入り込んで、何をしとるんだか」
その一団は、これから建設される山陽鉄道の測量隊だった。
彼らが打ち込む一本一本の杭が、やがてこの国の大動脈となる鉄路の道筋を示している。
十六歳の少年、吾一は小高い丘の上から、その様子を興奮とも不安ともつかぬ気持ちで見つめていた。
吾一の家は代々この土地で田畑を耕してきた、貧しい小作農だ。
先日、村の寄り合いで庄屋から鉄道についての説明があった。
「この村に汽車が通ることになった。汽車は鉄の馬だ。一度にたくさんの米や人を遠くまで運ぶことができる。そうなればこの村も町ももっと豊かになる。これは新しい日本の夜明けなのだ」
庄屋はそう熱っぽく語った。
吾一も話に聞く「汽車」というものに胸を躍らせていた。煙を吐いて走る鉄の塊。それが自分たちの村を、見たこともない豊かな世界へと繋げてくれる。
しかし村人たちの反応は様々だった。
豊かな暮らしへの期待を口にする者もいれば、先祖代々の土地が取り上げられることへの不安を訴える者もいた。
中には「鉄の化け物が土地を走れば作物が実らなくなる」と、本気で心配する老人さえいた。
そして測量隊が打ち込んだ杭は、非情にも吾一の家のなけなしの畑の真ん中を貫いていた。
「……どうなるんだ、父ちゃん」
その夜、吾一が尋ねると父は黙って首を横に振るだけだった。
新しい時代の到来。それはある者にとっては希望の光であり、またある者にとってはささやかな暮らしを脅かす得体の知れない影でもあった。
吾一はまだ知らなかった。
自分自身がやがてその鉄の路を造る側へと身を投じることになるとは。
そしてその先に、想像を絶する過酷な現実が待っていることなど知る由もなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十章、第一話いかがでしたでしょうか。
明治時代、鉄道の建設は国家的な大事業でした。
しかしその一方、土地の収用などを巡り各地で地元住民との間に様々な軋轢も生んだようです。
新しい時代への期待と不安の交錯を描きました。
さて、土地を失うことになった吾一の一家。
彼はある決意を固めます。
次回、「タコ部屋の掟」。
ブックマークや評価で、新章のスタートを応援していただけると嬉しいです!




