三原神明市、始まりの物語 第6話:日本一への道(終)
作者のかつをです。
第九章の最終話です。
一人の職人のささやかな願いが、いかにして町を代表する大きな文化となり現代の私たちに受け継がれているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
幸吉が生み出した願い事だるま。
その評判は年を追うごとに高まっていった。
神明市で幸吉のだるまを買うことは、人々にとって新しい年を迎えるための大切な儀式となった。
そして「三原のだるま市に行けば福がもらえる」という噂は、西国街道を通じて安芸国だけでなく備後、備中、さらには四国にまで広がっていった。
かつてはただの農具市だった神明市は、幸吉のだるまを目当てに遠方からやってくる人々で溢れかえるようになった。
そしていつしか「日本一のだるま市」と呼ばれるほどの賑わいを見せるようになったのだ。
幸吉はその後も涯をだるま作りに捧げた。
彼は決して大きな店を構えることはなかった。
ただひたすら工房で、一つ一つ心を込めてだるまを作り続けた。
そしてその技と、何よりもだるまに込める「想い」は、彼の子供、そして孫へと確かに受け継がれていった。
……時代は流れ、明治、大正、昭和へ。
幸吉の子孫たちが作るだるまの形は、少しずつ変わっていったかもしれない。
だがその根底に流れる想いだけは、決して変わることはなかった。
何度転んでも必ず起き上がる。
どんな困難な時代にあっても希望を捨てず、前を向いて生きていく。
そのささやかな、しかし力強い祈り。
その祈りこそが、「三原だるま」の魂なのだ。
◇
……現代。三原神明市。
「さあ、買うてって買うてって! 新しい一年の福の神! 三原のだるまさんじゃ!」
威勢のいい声が飛び交う中、一人の父親が小さな子供の手を引きだるまの露店の前に立っている。
「父ちゃん、今年はどれにする?」
「そうさな。お前が元気に大きくなるように、一番大きなやつにするか!」
父親は一番大きなだるまを買い求めると、子供に筆を持たせその左目に墨を入れさせている。
子供の真剣な眼差し。
それを見守る父親の優しい笑顔。
この当たり前のように繰り返される平和な風景。
その始まりには、不景気のどん底でそれでも人々を励ましたいとたった一人で立ち上がった、名もなき張り子職人の七転び八起きの不屈の物語が眠っている。
そのことを思うと、行き交う人々の喧騒とだるまの鮮やかな赤色が、いつもより少しだけ温かく、そして頼もしく感じられるのだった。
(第九章:福の神はダルマに乗って ~三原神明市、始まりの物語~ 了)
第九章「福の神はダルマに乗って」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
三原神明市は今も毎年二月の第二日曜日を含む三日間に開催され、数十万人の人々で賑わいます。
この物語を読んで少しでも興味を持たれた方は、ぜひあの熱気を体験してみてはいかがでしょうか。
さて、江戸時代の祭りの物語が続きました。
次回はいよいよ近代化の象徴である、あの「鉄の馬」が三原の地にやってきます。
次回から、新章が始まります。
第十章:鉄路は未来へ続く ~山陽本線開通と鉄道工夫の汗~
明治の世、日本の大動脈となる鉄道の建設。
その華々しい歴史の裏側にあった、名もなき工夫たちの知られざる血と汗と涙の物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




