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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第2部:営みの物語 ~街道と塩田の賑わい~
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三原神明市、始まりの物語 第5話:福を呼ぶ赤

作者のかつをです。

第九章の第5話、物語のクライマックスです。

 

一度は絶望の淵に立った主人公・幸吉が、いかにして逆境を乗り越え自らの商品を人々にとってかけがえのない存在へと昇華させていったのか。

その不屈の物語を描きました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

娘のお咲のおかげで再起を誓った幸吉。

彼は工房に再びこもり、新しいだるま作りに没頭した。

 

まず取り組んだのは、顔の表情だった。

これまでのいかつい眉や眼光の鋭さを少し和らげ、どこか愛嬌のある親しみやすい顔つきに変えた。

そしてお咲が描いたように、頭にはきりりとした豆絞りの鉢巻を描き込んだ。

 

次に彼がこだわったのは、「色」だった。

 

これまでは様々な色のだるまを作っていた。

だが新しいだるまはただ一色。

燃えるような鮮やかな「赤」だけで塗ることに決めた。

 

赤は古来より魔除けの色であり、また血潮の色、すなわち生命力そのものを象徴する色でもあった。

この先の見えない不安な時代に人々が求めているのは、何よりも災いを退け力強く生きていくためのエネルギーなのではないか。

幸吉はそう考えたのだ。

 

そして彼はもう一つ、画期的なアイデアを思いついた。

 

「そうだ。願い事をだるまに託せるようにしたら、どうだろうか」

 

彼はだるまの両目に、あえて眼を入れずに売ることにした。

そして買う時にまず左目に墨を入れ、願い事をする。

そしてその願い事が叶ったなら、感謝を込めて右目にも墨を入れる。

 

そうすればだるまはただの縁起物ではなく、持ち主と一年間苦楽を共にする相棒のような存在になるはずだ。

 

一年後。

再び神明市の季節がやってきた。

 

幸吉の屋台の前を、人々はまだ訝しげに遠巻きに通り過ぎていく。

悪評はまだ消えてはいなかった。

 

しかし今年の幸吉の屋台は違っていた。

真っ赤なだるまだけがずらりと並んだその光景は、異様なほどの迫力と生命力に満ちあふれていた。

 

「さあさあ、寄ってらっしゃい! 今年のだるまは一味違うよ! 願い事を聞いてくれる、有り難いだるまさんだ!」

 

幸吉は声を張り上げ、新しいだるまの仕組みを丁寧に説明して回った。

 

最初に興味を示したのは、一人の若い母親だった。

 

「うちの子が今重いはしかで寝込んでいてねえ……。このだるまに願をかければ、あるいは……」

 

母親は祈るような気持ちでだるまを一つ買っていく。

そしてその場で震える手で、だるまの左目に力強く墨を入れた。

 

その光景が人々の心を動かした。

 

「わしも息子の仕官が決まるように」

 

「わしは店の借金が返せるように」

 

人々はそれぞれの切実な願いを口にしながら、次々とだるまを買い求めていく。

彼らが買っているのはもはやただの張り子ではない。

「希望」という目に見えない商品だった。

 

その年の神明市で幸吉のだるまは、再び評判となった。

今度はもう誰も悪口を言う者はいなかった。

彼のだるまは人々にとってなくてはならない希望の象徴へと、生まれ変わったのだ。

 

幸吉は人々の願いを一身に背負い、赤々と輝くだるまの山を誇らしい気持ちで見つめていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

三原だるまが「願い事だるま」として親しまれるようになった背景には、きっとこんな作り手の試行錯誤と人々への深い想いがあったのかもしれませんね。

 

さて、ついに三原だるまの原型を完成させた幸吉。

彼が生み出した福の神は、その後どうなっていくのでしょうか。

いよいよ第九章、感動の最終話です。

 

次回、「日本一への道(終)」。

 

物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。

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