蛸が引いた石 第6話:石工たちの唄
作者のかつをです。
第一章の第6話、お楽しみいただけましたでしょうか。
一人の見た夢のような話が、いかにして人々の心を動かし、大きな力になっていくのか。
「伝説」が生まれる瞬間を、描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
源蔵が見た、巨大な蛸の話。
最初は、誰もが、信じようとしなかった。
「嵐で、頭がおかしくなったか」
「疲れているんだ、休め」
仲間たちは、そう言って、彼を遠ざけた。
しかし、源蔵は、諦めなかった。
彼は、親方を、そして残った数少ない仲間たちを、浜辺へと連れて行った。
「見てください! あの石を! あれが、蛸が運んだ石です!」
月明かりの下、沖に点在する石。
その配置は、素人が適当に置いたものではない。
まるで、次に積むべき石の「土台」を示すかのように、絶妙な間隔で、置かれている。
長年、石と共に生きてきた親方には、それが、すぐに見て取れた。
「……神の、お告げかもしれん」
親方が、絞り出すように、呟いた。
その一言が、空気を変えた。
「蛸が、俺たちに、やり方を教えてくれたんだ!」
「海の神様は、俺たちを見捨ててはいなかったんだ!」
噂は、あっという間に、残った人夫たちの間に広がった。
それは、科学的な根拠のない、ただの言い伝えだ。
しかし、絶望の淵にいた彼らにとって、その「物語」は、何よりも強い、希望の光となった。
翌日から、工事は、再開された。
去っていった人夫たちも、噂を聞きつけて、少しずつ、戻ってきた。
彼らは、蛸が置いたとされる石を基準に、新たな工法を試した。
ただ闇雲に石を積むのではない。
まず、土台となる大石を、互いに支え合うように配置していく。
それは、途方もなく、根気のいる作業だった。
誰からともなく、唄が始まった。
石を運び、綱を引く、そのリズムに合わせて。
「エンヤラヤー ドッコイショ エンヤラヤー ソーレ!」
それは、単なる作業唄ではなかった。
海の神への祈り。
仲間を鼓舞する叫び。
そして、この城を必ず完成させるという、彼らの決意の唄だった。
源蔵も、声を張り上げて、唄った。
皆の心が、声が、一つになっていく。
絶望に沈んでいた浜辺は、再び、熱気と、活気を取り戻したのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
こうした労働歌は、実際に、作業の効率を上げ、人々の連帯感を高める、非常に重要な役割を果たしました。
三原やっさ祭りのルーツも、この築城の際の踊りや唄にある、という説もあるそうです。
さて、再び立ち上がった石工たち。
彼らの血と汗の結晶が、ついに、形となって現れます。
次回、「天主台、立つ」。
物語は、一つの大きなクライマックスを迎えます。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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