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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第2部:営みの物語 ~街道と塩田の賑わい~
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三原神明市、始まりの物語 第4話:悪評との戦い

作者のかつをです。

第九章の第4話をお届けします。

 

今回は一度成功を手にした主人公・幸吉が、悪評によって絶望の淵に突き落とされるエピソードです。

しかし彼は愛する娘のおかげで、再び立ち上がるきっかけを掴みます。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

幸吉のだるまは、その年の神明市で大評判となった。

三日間の市が終わる頃にはあれほど山のように積まれていたダルマは、一つ残らず売り切れていた。

幸吉が手にした銭は、これまでの数年分に匹敵するほどの大金だった。

 

その噂はあっという間に、三原の城下中に広まった。

 

「松葉町の幸吉のだるまはご利益があるらしい」

 

「病気が治ったとか、商売が上手くいったとか」

 

幸吉の小さな工房にはひっきりなしに客が訪れるようになった。

彼は生まれて初めて、職人としての栄光の頂点に立っていた。

 

しかし光が強ければ、影もまた濃くなる。

 

幸吉の成功を快く思わない者たちもいた。

昔ながらの縁起物を扱う他の露天商たちだ。

 

「幸吉のだるまなんぞただの流行りものよ。すぐに飽きられるわい」

 

「そもそもあのだるまは本当に縁起が良いのか? 顔つきがいかつすぎて、逆に不吉だという噂だぞ」

 

根も葉もない悪評が、少しずつ流れ始めた。

 

そして追い打ちをかけるように、ある出来事が起きた。

幸吉のだるまを買った大店の主人が、急な病で亡くなったのだ。

それは全くの偶然だった。

だが悪意を持った噂は、それを見逃さなかった。

 

「見たことか。やはりあのだるまは不吉なのだ」

 

「福の神どころか貧乏神、いや死神だ」

 

一度回り始めた悪評は、雪だるま式に大きくなっていく。

あれほどひっきりなしだった客足はぴたりと途絶えた。

人々は手のひらを返したように、幸吉のだるまを気味悪がって避けるようになった。

 

幸吉は絶望の淵に突き落とされた。

自分はただ人々を励ましたい一心でだるまを作っただけだ。

その純粋な想いが、なぜこんな形で踏みにじられなければならないのか。

 

「……もうやめだ。だるま作りなんぞ、もうこりごりだ」

 

幸吉は工房に閉じこもり、酒をあおるようになった。

作りかけのだるまが、まるで自分をあざ笑っているかのように見えた。

 

そんなある夜。

酒に酔いつぶれ工房で眠ってしまった幸吉は、ふと物音で目を覚ました。

 

見ると娘のお咲が小さな筆を持ち、一体のだるまに何かを描き込んでいる。

 

「お咲、何をしてるんだ!」

 

幸吉が怒鳴ると、お咲はびくりと肩を震わせた。

 

「……ごめんなさい、父ちゃん。……でもこのだるまさん、なんだか怒っているみたいで可哀想だったから……」

 

お咲は泣き出しそうな顔で言った。

 

幸吉はお咲が絵付けしただるまを手に取って、絶句した。

 

だるまの頭に一本の細い鉢巻が描かれ、その両脇には小さな梅の花が添えられていた。

それだけであれほどいかつく見えただるまの表情が、どこかユーモラスで愛嬌のある顔つきに見えたのだ。

 

「……そうか。……わしは間違っておった」

 

幸吉は呟いた。

 

不撓不屈の精神。それはただ眉間に皺を寄せ、歯を食いしばることだけではない。

どんな逆境にあっても笑顔を忘れず、しなやかにそれを受け流す強さ。

それこそが本当に必要なことなのではないか。

 

幸吉は娘の純粋な心に、教えられていた。

 

「お咲、ありがとうよ。……父ちゃん、もう一度だけ起き上がってみるかな」

 

幸吉の目に再び、職人としての闘志の火が灯った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

三原だるまの大きな特徴の一つに、頭に巻かれた「豆絞りの鉢巻」があります。

その由来は定かではありませんが、今回はその誕生秘話を物語に取り入れてみました。

この鉢巻がだるまに独特の愛嬌を与えているのかもしれませんね。

 

さて、新たなヒントを得て再起を誓った幸吉。

彼はどのようにして悪評を覆していくのでしょうか。

 

次回、「福を呼ぶ赤」。

 

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