三原神明市、始まりの物語 第3話:初代だるま職人
作者のかつをです。
第九章の第3話をお届けします。
いよいよ神明市当日。
主人公・幸吉のだるまが初めて世にお披露目されます。
最初は全く相手にされないだるまが、あるきっかけで人々の心を掴んでいくその過程を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
神明市の当日。
夜明け前から幸吉は妻のおよしと二人、手作りの屋台を引き境内へと向かった。
屋台の上にはこの数週間寝る間も惜しんで作り上げた、色とりどりのだるまが所狭しと並べられている。
赤、青、黄色。
一つ一つ表情が微妙に違う。
どれも幸吉の魂が込められた自信作だった。
市の中心部はすでに黒山の人だかりで、ごった返している。
威勢のいい物売りの声、子供たちのはしゃぐ声、そしてどこからか聞こえてくる神楽の笛の音。
その熱気に、幸吉はごくりと喉を鳴らした。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 新しい年の福を呼ぶ、有り難いだるまさんだよ!」
幸吉は腹の底から声を張り上げた。
しかし道行く人々は物珍しそうに一瞥をくれるものの、なかなか足を止めてはくれない。
彼らの目当てはやはり昔ながらの熊手や福笹といった、馴染みのある縁起物だった。
だるまという見慣れない張り子は、どうも敬遠されているようだった。
「……やっぱりダメかなあ」
日が中天に昇っても、だるまは一つも売れない。
幸吉の威勢のいい声も、だんだんと萎んでいく。
その時だった。
一人の立派な身なりの商家の主人が、屋台の前で足を止めた。
そしてだるまを一つ手に取ると、じろじろと眺め始めた。
「……ほう。これは面白い」
主人はだるまを指でつついて転がす。
だるまは何度転がされても、むくりと起き上がった。
「なるほどな。七転び八起きか。……縁起がいい」
主人は満足げに頷くと、懐から財布を取り出した。
「よし、気に入った。これを一つもらおうか。……実はなわしの店も去年は不作のあおりを食らって火の車でな。今年こそはと神頼みに来たところよ。このだるまにあやかって、わしももう一度起き上がらねばな」
記念すべき最初の一つが売れた。
幸吉は嬉しさに声が震えそうになるのを、必死にこらえた。
そのやり取りを、周りの人々が遠巻きに見ていた。
一人が買うと、群集心理が働く。
「なんだなんだ、あの丸いのは」
「転んでも起き上がる縁起物らしいぞ」
人々が少しずつ、屋台の周りに集まり始めた。
「おじちゃん、これなあに?」
一人の子供が指をさす。
「坊主、これはな、達磨さんちゅうて有り難い坊様の張り子よ。転んでも転んでも起き上がる、強い心をくれるんじゃ」
幸吉はだるまを一つ、子供の手に持たせてやった。
振るとカラカラと優しい音が鳴る。
子供は大喜びで母親にねだった。
そこからだった。
まるで堰を切ったように、だるまが次々と売れ始めたのだ。
「うちの病気のじい様のために一つ」
「今年生まれる子供のために」
「新しい商売が上手くいくように」
人々はそれぞれの願いを、幸吉のだるまに託していく。
幸吉は一人一人の客の顔を見ながら、心の中で祈った。
どうかこのだるまが、あなたに福をもたらしますように、と。
彼はもはやただの張り子職人ではなかった。
人々の願いを形にする初代だるま職人として、そこに立っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
どんな大ヒット商品も最初は誰にも見向きもされないところから始まるのかもしれません。
幸吉のだるまも、一人の商人の共感がきっかけとなりその価値が認められていきました。
さて、大成功を収めた幸吉。
しかしその成功は、やがて新たな苦悩を生むことになります。
次回、「悪評との戦い」。
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