三原神明市、始まりの物語 第2話:七転び八起きの願い
作者のかつをです。
第九章の第2話をお届けします。
今回は三原だるまの最大の特徴である「起き上がり小法師」の仕組みがいかにして生み出されたのか。
その産みの苦しみを描きました。
主人公・幸吉の不屈の精神を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日から幸吉は、何かに取り憑かれたように新しい張り子作りに没頭した。
彼が作ろうとしているのは、ただのだるまの張り子ではなかった。
三原の張り子の特徴である「鳴り物」を仕込もうと考えていたのだ。
振るとカラカラと優しい音が鳴る土鈴や小石を中に入れる。
そうすれば子供たちの玩具にもなるし、魔除けの鈴の音にもなる。
そして何よりこだわったのは、その形だった。
達磨大師の不撓不屈の精神を表すためには、何度転がしても必ず起き上がる「起き上がり小法師」の仕組みが不可欠だった。
しかし、これが至難の業だった。
底に入れる重りの粘土の量、形、そして乾かし具合。
その僅かな違いでだるまはすぐに横倒しになったまま、起き上がらなくなってしまう。
あるいは起き上がっても、ゆらゆらと不安定に揺れ続けるだけ。
「あー、またダメか!」
幸吉は何度も何度も試作品を土間に叩きつけた。
その度に妻のおよしが、心配そうな顔でお茶を淹れてくれる。
「お前さん。そんなに根を詰めては、身体が持ちませんよ」
「うるせえ! 今が大事な時なんだ! 神明市までもう日がないんだぞ!」
幸吉は苛立ちのあまり、妻に怒鳴ってしまった。
自己嫌悪に陥りながらも、彼は作業をやめられなかった。
なぜここまでこだわるのか。
幸吉自身にも分からなかった。
だが彼には、どうしても実現したい想いがあった。
この三原の町にも不景気の風が吹き荒れていた。
天候不順で作物が不作となり、百姓たちは青息吐息。
商家の仲には店を畳むところも少なくない。
誰もが先の見えない不安を抱えて生きている。
そんな人々の心を少しでも明るく照らすような、縁起物が作れないだろうか。
今は苦しくても辛くても、このだるまのように必ずまた起き上がることができる。
そんなささやかな希望の印を、自分の手で生み出したい。
それは売れない張り子職人である、自分自身への励ましの願いでもあった。
来る日も来る日も失敗は続いた。
材料の和紙も粘土も、残り少なくなっていく。
焦りと絶望が、彼の心を押しつぶそうとしていた。
もうダメか。
諦めかけたある夜。
工房の隅で娘のお咲が、粘土で小さな丸い塊を作って遊んでいた。
そしてその粘土を、まだ乾ききっていない張り子の底にぺたりと貼り付けた。
幸吉が何気なくその張り子を指でつつく。
するとどうだろう。
張り子は大きく傾いた後、ゆっくりと、しかし確実に元の位置に戻ってきた。
まるで深々とお辞儀をするかのように。
そしてぴたりと静止した。
完璧な起き上がり方だった。
「……これだ」
幸吉はその場にへなへなと座り込んだ。
答えはこんな足元に転がっていたのだ。
乾いた粘土ではなく半乾きの粘土を、張り子の内側に塗りつけるように貼り付ける。
そうすれば重心が安定し、しかも張り子と一体化する。
それは娘の無邪気な遊びがもたらした、偶然の産物だった。
だが幸吉にはまるで福の神が娘の姿を借りて、自分にヒントを与えてくれたように思えた。
幸吉は娘を強く強く抱きしめた。
その目からは熱い涙が、とめどなく溢れ出ていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
何度失敗しても諦めない。
その幸吉の姿は、まさにだるまそのものだったのかもしれません。
そしてその苦労の末に生まれただるまには、作り手の強い想いが込められていました。
さて、ついに最高のだるまを完成させた幸吉。
いよいよ年に一度の神明市で、その真価が問われます。
次回、「初代だるま職人」。
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