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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第2部:営みの物語 ~街道と塩田の賑わい~
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三原神明市、始まりの物語 第1話:神明大市の賑わい

作者のかつをです。

 

新しい構成案に基づき、本日より第九章「福の神はダルマに乗って ~三原神明市、始まりの物語~」の連載を開始します。

 

三原の冬の風物詩「神明市」と、そこで売られる「三原だるま」。

そのユニークな祭りと郷土玩具のルーツを、一人の名もなき張り子職人の視点から描きます。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

広島県三原市。

毎年二月、町の中心にある大通りは身動きが取れないほどの人波で埋め尽くされる。三原神明市みはらしんめいいちだ。

大小様々な「三原だるま」を売る露店がずらりと並び、その年の福を求める人々で三日三晩賑わい続ける。

 

「日本一のだるま市」とも呼ばれるこの奇妙で活気に満ちた祭り。

その始まりは江戸時代後期、一人の名もなき職人のささやかな、しかし不屈の願いにあったという。

 

これは何度転んでも必ず起き上がるだるまの姿に、自らの人生と人々の幸せへの祈りを込めた男の物語である。

 

 

江戸時代後期、文化・文政の頃。

 

三原城下の片隅で張り子の玩具作りを細々と営む職人、幸吉こうきちは、その日もうんうんと頭を唸らせていた。

店の土間に山と積まれた売れ残りの犬張り子や起き上がり小法師を見つめながら、重いため息をつく。

 

幸吉の作る玩具は、決して出来が悪いわけではない。

だが、いかんせん地味だった。

大坂や京から流れてくる華やかで目新しい玩具に、どうしても客の目は移ってしまう。

このままでは妻と幼い娘を食わせていくことさえ、おぼつかない。

 

そんな幸吉にとって年に一度の最大の商機が近づいていた。

旧正月に開かれる「神明大市」だ。

 

この市は元々、近隣の農村から農具や苗木を売りに来る百姓たちのために始まった小さな市だった。

しかし、いつしか様々な見世物や露店が集まるようになり、今ではこの辺り一帯で最も大きな祭りの一つになっていた。

 

「父ちゃん、今年の市ではどんな新しいおもちゃを作るんだい?」

 

足元で粘土をこねて遊んでいた娘のお咲が、無邪気に尋ねる。

幸吉は返事に窮した。

新しい玩具のアイデアなど、浮かぶはずもなかった。

 

「……そうさな。何かこう、皆があっと驚くような、福を呼び込むような、そんな張り子が作れたらなあ……」

 

幸吉はそう呟きながら、ふと壁際に転がっていた失敗作の張り子に目をやった。

丸い球状の張り子。

本来は起き上がり小法師になるはずだったが、重りの塩梅を間違え、何度起こしてもすぐに横倒しになってしまう代物だった。

 

(……まるで今の俺みたいじゃねえか)

 

自嘲気味に笑いながら、幸吉はその張り子を手の中で転がす。

 

その時だった。

彼の脳裏にふと、幼い頃に旅の僧侶から聞かされたある禅の偉い坊さんの話が蘇った。

 

達磨大師。

壁に向かって九年間座禅を組み続け、手足が腐ってなくなってしまったという伝説の僧侶。

どんな困難にも屈しない、不撓不屈の精神の象徴。

 

(……そうだ)

 

幸吉の目つきが変わった。

 

「これだ……。これしかねえ」

 

彼は店の奥から筆と墨を持ち出すと、その丸い張り子に吸い寄せられるように筆を走らせ始めた。

太い眉。大きな眼。そして立派な髭。

 

それは彼が後に「三原だるま」と呼ばれることになる、新しい福の神がこの世に産声を上げた瞬間だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第九章、第一話いかがでしたでしょうか。

 

三原だるまの起源は江戸時代後期とされています。

達磨大師の「七転び八起き」の故事にあやかり、縁起物として作られるようになったと伝えられています。

今回はその誕生の瞬間をドラマチックに描いてみました。

 

さて、新しい玩具を思いついた主人公・幸吉。

しかしその前途は多難でした。

 

次回、「七転び八起きの願い」。

 

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