朝鮮通信使と港町の歓迎 第4話:一夜の饗宴
作者のかつをです。
第八章の第4話をお届けします。
今回は物語のクライマックス。
朝鮮通信使と安芸藩の人々が共に過ごす最後の夜の宴を描きました。
国境を超えた文化交流の美しさと、主人公・太一が受け取った涯の宝物を、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
朝鮮通信使の一行が三原に滞在する最後の夜。
安芸藩は彼らの労をねぎらうため、盛大な送別の宴を催した。
本陣の広間には豪華な食事が並べられ、安芸の銘酒が振る舞われる。
藩主の代理として訪れた家老たちが通信使の正使や副使と杯を酌み交わし、別れを惜しんでいた。
その華やかな宴の片隅で。
太一は他の下働きたちと一緒に、息を殺してその様子を眺めていた。
親方の特別な計らいで、宴の手伝いとして本陣に入ることを許されたのだ。
広間の隅の方で、朴が他の文官たちと静かに酒を酌み交わしているのが見えた。
太一の姿に気づくと、朴は優しく微笑みそっと手招きをした。
太一がおずおずと近づくと、朴は自分の杯に酒を注ぐとそれを太一に差し出した。
「……わしは、まだ子供で……」
太一が戸惑っていると、朴はまた紙に筆を走らせた。
『別れの杯だ。一口でよい』
太一は覚悟を決め、その異国の酒を一口だけ飲んだ。
米から作られている日本の酒とは違う、少し薬草のような独特の香りがした。
身体が、かっと熱くなる。
その夜、太一は朴の計らいで広間の末席に座ることを許され、夢のような光景を目の当たりにした。
日本の芸者たちが優雅な舞を披露すれば。
朝鮮の楽師たちが情熱的な音楽を奏でる。
藩の学者が漢詩を詠めば。
朝鮮の文官が見事な詩で、それにこたえる。
言葉は通じない。
だが音楽と舞と詩が国境を超えて、人々の心を一つに結びつけていた。
誰もが笑顔で互いの文化を称え合い、敬意を払っている。
そこには何の隔たりもなかった。
太一は思った。
これが本当の人と人との付き合い方なのではないか、と。
互いの違いを認め尊重し、そして共に楽しむ。
宴が終わり人々が散り始めた頃。
朴は一枚の大きな紙を広げると、そこに太一の目の前で一枚の水墨画を描き始めた。
描かれていたのは、筆影山の頂から望む多島美の風景だった。
朴は、この数日間で船の上からその景色を目に焼き付けていたのだ。
「これを、そなたに贈ろう」
朴は初めて、拙い日本語でそう言った。
この日のために、覚えてくれたのだろう。
『この美しい景色を守り続けよ。そしていつか、そなたが海を渡る日が来たならば、その時はわしがそなたをもてなそう』
紙の隅に、そう書き添えられていた。
太一はその見事な絵を胸に抱きしめ、何度も何度も頭を下げた。
もう涙は流れなかった。
彼の心は感謝と、そして未来への大きな決意で満たされていたからだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
朝鮮通信使の一行には当代随一の学者や芸術家たちが数多く含まれていました。
彼らと日本の文化人との交流は、双方の文化に大きな刺激と影響を与え合ったと言われています。
さて、涯の宝物を手にした太一。
いよいよ別れの朝がやってきます。
次回、「海の向こうの国(終)」。
第八章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




