朝鮮通信使と港町の歓迎 第1話:黒船ではない船
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第八章「筆影山から見た異国の船 ~朝鮮通信使と港町の歓迎~」の連載を開始します。
舞台は鎖国時代の日本。
その閉ざされた世界の中で唯一大規模な公式の国際交流であった「朝鮮通信使」。
彼らがこの三原の地に何をもたらしたのか。
港町の一人の少年の視点から、その驚きと感動を描きます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市の南に、筆影山という美しい山がある。
山頂から望む瀬戸内海に、大小様々な島々が浮かぶ風景はまるで多島美を描いた水墨画のようだ。
江戸時代、人々がまだ異国の存在をほとんど知らなかった頃。
この穏やかな海にある日、巨大な外国の船団が姿を現した。
それは幕末の黒船のような脅威としてではなく、友好の使者としてやってきた。
これは言葉も文化も違う遠い国の人々との数日間の出会いと交流が、港町の一人の少年の心に忘れがたい光を灯した物語である。
◇
江戸時代中期、将軍・吉宗の治世。
三原の港町で網元の手伝いをして暮らす少年・太一は、その日も筆影山の中腹まで薪拾いに来ていた。
眼下には生まれ育った三原の港と、きらきらと陽光を反射する瀬戸内海が広がっている。
毎日見ている、飽きることのない景色だった。
ふと太一は、目を凝らした。
沖合遠く、霞む水平線の向こうに、これまで見たこともないような巨大な船団が現れたのだ。
「……なんだ、ありゃあ」
日本の弁才船とは明らかに形が違う。
船体は黒々として大きく、帆の形も独特だった。
まるで伝説の宝船の一団が、霧の中から現れたかのようだった。
太一は背負っていた薪を放り出すと、夢中で山を駆け下りた。
「大変だ! 沖に、でっかい船が!」
港はすでに大騒ぎになっていた。
太一と同じように船団に気づいた漁師たちが、口々に叫んでいる。
「海賊か!」「いや、あれは唐の船か?」「南蛮の船かもしれんぞ!」
人々が不安と好奇の入り混じった目で見守る中、港には安芸藩の役人たちが慌ただしく駆けつけてきた。
やがて藩の重役と思われる武士が、集まった人々に向かって高らかに宣言した。
「皆の者、静まれ! 案ずるには及ばぬ! あの船団は朝鮮の国より、我らが将軍様への挨拶のために江戸へ向かう『朝鮮通信使』の御一行様である! この三原の港は、そのお立ち寄りになる寄港地の一つとして選ばれたのだ! これは三原にとって大変な名誉であるぞ!」
朝鮮通信使。
人々は初めて聞く言葉に、きょとんとしていた。
「これより数日間、御一行はこの港に滞在なされる。くれぐれも粗相のないよう、おもてなしを尽くすように! 何か問題を起こした者は厳罰に処す!」
役人の厳しい声。
だが太一の耳には、もう入っていなかった。
朝鮮。
遠い遠い海の向こうの国。
そこから自分たちとは違う言葉を話し、違う着物を着た人々がやってくる。
一体どんな人たちなのだろう。
どんな匂いがして、どんな顔で笑うのだろう。
太一の小さな胸は、未知なる世界への途方もない好奇心で張り裂けんばかりに膨らんでいた。
この数日間の出会いが、彼の人生観を根底から変えてしまう大きな出来事になることを、彼はまだ知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第八章、第一話いかがでしたでしょうか。
朝鮮通信使は室町時代から江戸時代にかけて十数回日本へ派遣されました。
江戸時代にはその総勢三百人から五百人にも及ぶ大行列が、対馬から江戸までを旅し、その道中の各藩は威信をかけて彼らをもてなしたと言われています。
さて、未知の異国からの来訪者に胸を躍らせる主人公・太一。
いよいよ彼らが港に上陸します。
次回、「港町の喧騒」。
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