大名の行列と旅籠の看板娘 第6話:時代の足音
作者のかつをです。
第七章の第6話をお届けします。
時代の動乱は最高潮に達します。
今回は傷つき追われる隼人と、彼を命がけで匿うおゆうの緊迫した数日間を描きました。
二人の許されぬ想いが交錯するクライマックスです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
安政から万延、文久へ。
時代は倒幕へと大きく傾いていった。
京の都では「天誅」と称する人斬りが横行し、薩摩や長州といった西国の雄藩がにわかに力をつけてきているという。
西国街道ももはや以前のような、のどかな雰囲気はどこにもなかった。
行き交うのは顔を隠した怪しげな浪士や、密命を帯びた各藩の藩士たちばかり。
街道のあちこちに関所が設けられ、旅人たちは厳しく取り調べを受けた。
お伊勢参りや物見遊山の庶民の姿はめっきりと消え、松屋の客足も途絶えがちになっていた。
年老いた父・源右衛門は、「もうわしらの旅籠の時代は終わりかもしれん」と寂しそうに呟くのが常だった。
おゆうはそんな両親を励ましながら、必死に店を切り盛りしていた。
そんなある嵐の夜のことだった。
店の戸を誰かが遠慮がちに叩く音がした。
おゆうがそっと戸を開けると、そこに立っていたのは血まみれの隼人だった。
「……すまぬ。……少しだけでよい。……匿ってはもらえぬか」
その声はか細く、今にも消え入りそうだった。
腕には深い刀傷を負っている。
「隼人様! いったい何が……」
「……敵対する藩の刺客に追われている。……頼む」
そう言うと隼人は意識を失ったように、その場に崩れ落ちた。
おゆうは一瞬ためらった。
追われるお尋ね者を匿うことは、店、いや家族全員の命を危険に晒すことを意味する。
だが、迷いは一瞬だった。
彼女は年老いた両親にも気づかれぬよう、隼人の身体を引きずり、店の裏にある薄暗い土蔵の中へと運び込んだ。
それから数日間。
おゆうの懸命な看病が続いた。
人目を盗んで食事を運び、傷口を清め新しい布を巻く。
幸い傷は深くとも、命に別状はなかった。
熱にうなされながら隼人は、時折うわ言のように呟いた。
「……新しい世を……。民が笑って暮らせる世を……」
その言葉を聞きながらおゆうは思った。
この人は本当にこの国の未来のために、命を懸けているのだ、と。
自分にできるのはこうして傷を癒すことだけ。
だがそれでも、彼の戦のほんの一端でも支えているのだと思いたかった。
やがて隼人の意識が戻り傷も少しずつ癒えてきた、ある夜。
「……世話をかけたな。……もう行かねばならぬ」
隼人はまだ青白い顔でそう言った。
「……まだお身体が……」
「いや、長居は無用だ。お前たちを危険に巻き込むわけにはいかぬ」
隼人は立ち上がると、おゆうの目をまっすぐに見つめた。
「……おゆう殿。……もし違う時代に違う場所で出会っておれば。……わしはそなたを……」
その先は言葉にならなかった。
だがその瞳が全てを物語っていた。
おゆうは涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、小さな握り飯を二つ彼の手に握らせた。
「……道中のご無事を祈っております」
それが彼女に言える精一杯の言葉だった。
隼人は一度だけ力強く頷くと、暁の闇の中へと消えていった。
これが今生の別れになることを、二人とも分かっていた。
おゆうは一人暗い蔵の中で、彼の温もりが残る藁の上に座り込み、声を殺して泣いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
幕末の京都や江戸だけでなく、西国街道のような地方の街道筋でもこうした志士たちの逃亡や暗闘が繰り広げられていたことでしょう。
そしてその陰には、おゆうのような名もなき人々の助けがあったのかもしれません。
さて、引き裂かれた二人の運命。
時代の嵐が過ぎ去った後、この旅籠とおゆうはどうなっていくのでしょうか。
いよいよ第七章、感動の最終話です。
次回、「私が見てきた景色(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




