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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第2部:営みの物語 ~街道と塩田の賑わい~
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大名の行列と旅籠の看板娘 第5話:黒船の噂

作者のかつをです。

第七章の第5話をお届けします。

 

時代はいよいよ幕末へ。

今回は黒船来航の衝撃が、この街道の旅籠にまでどう伝わってきたのか。

そして主人公・おゆうと若侍・隼人との運命的な再会を描きました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

時代は嘉永から安政へ。

おゆうも三十路を迎えようとしていた。

 

旅人たちの話の内容も、この数年で様変わりしていた。

誰もが口にするのは「黒船」という、不気味な響きを持つ言葉だった。

 

「江戸の浦賀の沖に、煙を吐く巨大な鉄の船が現れたらしい」

 

「なんでも、アメリカという異国からの使いだとか」

 

「国を開けと脅しているそうだ。このままでは異国との戦になるやもしれん」

 

西国街道は江戸と西国の諸藩を結ぶ情報の大動脈。

最新の噂は飛脚や早駕籠に乗って、この松屋にも毎日のようにもたらされた。

ある者は異国を打ち払うべしと息巻き、ある者は新しい時代の到来を予感して商機を窺っている。

日本中が熱病にかかったように、浮足立っていた。

 

そんなある日の昼下がり。

松屋の前に数人の侍たちが馬を止めた。

安芸藩の藩士たちだった。

皆厳しい顔つきで、何やら密談を交わしている。

 

その一行の中に、おゆうは見覚えのある顔を見つけた。

 

「……隼人様?」

 

思わず漏れた声に、その侍がはっと顔を上げた。

十数年の歳月が彼の顔からかつての若武者のあどけなさを消し去り、精悍な大人の武士の顔つきへと変えていた。

だがその涼やかな目元に、面影はあった。

 

「……松屋の娘か。……息災であったか」

 

隼人は驚いたように目を見開いた後、懐かしそうに目を細めた。

 

聞けば彼は今、藩の重要な役目を帯び、江戸と広島を頻繁に行き来しているのだという。

 

おゆうは夢見心地で熱い茶を出した。

十数年ぶりに交わす言葉。

胸が高鳴り、何を話していいか分からない。

 

隼人は仲間たちと離れ、一人松原を眺めながら静かに茶をすすった。

 

「世の中は大きく変わろうとしている。我ら武士も刀を振るうだけでは立ち行かぬ時代になった。……異国の書物を読み、新しい知識を学ばねば、この国はいずれ食い物にされてしまう」

 

その言葉は重く、そして切実だった。

彼はもうただの若侍ではない。

この国の未来を憂い奔走する、一人の志士だった。

 

あまりに遠い世界。

おゆうは自分がただの旅籠の女でしかないことを痛感させられ、寂しさを感じていた。

 

そんなおゆうの心の内を見透かしたかのように、隼人はふっと微笑んだ。

 

「……だが、ここの茶の味だけは昔と少しも変わらぬな。……不思議と心が安らぐ。……礼を言うぞ」

 

その一言だけで、おゆうは救われた気がした。

変わっていく世の中。

変わっていく人。

その中で自分はこの場所で、変わらないものを守り続ける。

それもまた、一つの役目なのかもしれない。

 

やがて一行は慌ただしく馬に乗り、西へと去っていった。

 

おゆうはその逞しい背中を見送りながら、心に決めていた。

この恋が叶うことは決してないだろう。

だが自分はこの街道の片隅で、彼のような志を持つ人々を支える一杯の温かい茶を淹れ続けよう、と。

それが自分にできる、唯一の戦なのだと信じて。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

黒船の来航は日本の歴史を根底から揺るがす大事件でした。

西国街道のような主要な交通路はまさに情報が行き交う最前線となり、様々な人々の思惑が渦巻いていたことでしょう。

 

さて、運命の再会を果たした二人。

しかし時代の動乱は、彼らのささやかな想いさえも飲み込もうと激しくなっていきます。

 

次回、「時代の足音」。

 

物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!

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