入浜式塩田と浜子の唄 第9話:唄だけが残った(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
時代の波にのまれその役目を終えていった一つの産業と、そこに生きた人々の人生。
そして彼らが遺したものが、現代の私たちにどう繋がっているのか。
静かな感動と共に物語を締めくくりました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
父・庄助が亡くなってから、さらに長い年月が流れた。
清治は父の言葉を胸に、一人浜を守り続けた。
彼が作る塩は父に劣らぬ見事な一番塩だと、評判になった。
しかし時代の波は、待ってはくれなかった。
清治が耳にした噂は、やがて現実のものとなる。
外国から安くて質の良い塩が大量に入ってくるようになった。
そして国は、より効率的な工場での塩作りを推し進め始めた。
かつてはあれほど活気のあった三原の塩田も、一つ、また一つとその役目を終え姿を消していった。
浜子たちは新しい仕事を見つけ、町を去っていく。
清治は最後まで浜に残り続けた一人だった。
それは父との約束を守るためという意地もあった。
だがそれ以上に彼はこの仕事が、この風景がどうしようもなく好きだったのだ。
夜明け前の静寂。
太陽の熱と潮の香り。
釜屋で炎と向き合う孤独な時間。
そして仲間たちと声を合わせて歌った、あの唄。
やがて清治が白髪の老人になった頃。
彼の塩田もついにその歴史の幕を閉じる日がやってきた。
最後の塩を釜から上げた日。
清治はもう誰もいなくなった広大な塩田に、一人立った。
夕日がかつてと同じように、全てを茜色に染めている。
彼はゆっくりと、あの唄を口ずさんだ。
「三原ナー 塩浜ヨー 地獄の浜よ」
「朝はナー まんがに 夜は釜焚き ヨーイトナー」
声は皺がれ、弱々しかった。
だがその唄に込められた誇りだけは、何一つ変わっていなかった。
◇
……現代。三原市沿岸部。
埋め立てられ工場地帯となったその場所に、かつて広大な塩田があったことを知る人はもうほとんどいない。
しかし、もしあなたが静かな夜にこの場所に立ち、耳を澄ませば。
遠い潮騒に混じって聞こえてくるかもしれない。
時代の波に抗い、そして静かに受け入れていった、名もなき浜子たちの力強く、そしてどこか哀しいあの唄が。
その唄だけが彼らが生きた証として、今もこの土地の風の中に生き続けているのだ。
(第三章:白いダイヤは潮の味 ~入浜式塩田と浜子の唄~ 了)
第三章「白いダイヤは潮の味」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
日本の伝統的な塩田は、昭和30年代の「塩業近代化臨時措置法」によってそのほとんどが姿を消すことになりました。
しかし浜子たちが培ってきた技と誇りは、形を変え今も日本の食文化を支えています。
さて、江戸から明治へと時代は移りました。
物語は近代化の象徴であるあの乗り物が、三原の地に何をもたらしたのかを描きます。
次回から、新章が始まります。
第十章:鉄路は未来へ続く ~山陽本線開通と鉄道工夫の汗~
(※一覧に合わせ、第四部を飛ばし、第三部の章から開始します)
明治の世、日本の大動脈となる鉄道の建設。
その裏にあった名もなき工夫たちの、血と汗と涙の物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第四章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




