入浜式塩田と浜子の唄 第7話:時代の波
作者のかつをです。
第三章の第7話をお届けします。
今回は幕末から明治へと移り変わる激動の時代を描きました。
新しい時代の波が、三原の塩田に暮らす一組の親子の生き方にどう影響を与えていったのか。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
清治が一人前の浜子として父の仕事をほとんど肩代わりできるようになった頃。
世の中は黒船の来航をきっかけに、大きく揺れ動いていた。
遠い江戸や京の都の騒動など、三原の片田舎に暮らす浜子たちには関係のないことのように思えた。
だが時代の大きな波は、容赦なく彼らの暮らしにも押し寄せてきた。
長く続いた徳川の世が終わり、明治という新しい時代がやってきたのだ。
「おい、聞いたか。これからはお侍様の世の中じゃなくなるらしいぞ」
「藩がなくなる? じゃあ俺たちが納めてきた塩は、どうなるんだ」
浜子たちの間に、不安と期待の入り混じった噂が飛び交った。
変化はすぐさま彼らの仕事に影響を及ぼした。
藩という大きな庇護者を失い、塩の価格は不安定になった。
さらに政府は、新しい税制度や塩の専売制といった、これまでとは全く違う仕組みを次々と打ち出してきた。
父・庄助はそうした時代の変化に、戸惑いと苛立ちを隠さなかった。
彼の誇りはただひたすらに質の良い塩を作ること。それ以外の帳面だの役人への届け出だのといった面倒事は、彼の性に合わなかった。
「わしは浜子だ。潮と砂と向き合うのが仕事だ。役人の顔色を窺うのはご免だ」
病で弱った身体に心労が追い打ちをかける。父の咳はますます酷くなっていった。
清治はそんな父の代わりに、慣れない役所仕事や商人たちとの交渉を一手に引き受けた。
彼は父とは違い、このまま古いやり方に固執していてはいずれ立ち行かなくなるだろうという漠然とした危機感を抱いていた。
ある日、清治は港で衝撃的な噂を耳にする。
「異国の船が運んでくる塩は雪のように白くて、しかも途方もなく安いらしい」
機械で作る、というのだ。
自分たちが夜明け前から夜更けまで身を粉にして働いて、ようやく作り上げるものを、異国ではいとも簡単に大量に作れてしまう。
にわかには信じられなかった。
だがその噂は、抗うことのできない未来の現実を突きつけているようだった。
自分たちが命を懸けて守り、受け継いできたこの入浜式の塩作り。
この技は、この誇りは、やがて時代の波に飲み込まれてしまうのだろうか。
清治は夕暮れの塩田に一人立ち、静かに寄せては返す波音を聞きながら、これまで感じたことのない大きな不安に襲われていた。
それは父が戦ってきた嵐とは全く質の違う、抗う術の見えない巨大なうねりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
明治維新後、日本の産業は急速な近代化を遂げます。
塩の製造も例外ではなく、伝統的な塩田は効率的な工場生産へと少しずつその座を明け渡していくことになります。
時代の変化にどう向き合うのか。父と子の考え方の違いが浮き彫りになっていきます。
さて、時代の変化と自身の病。
父・庄助の浜子としての人生が、静かに終わりの時を迎えようとしていました。
次回、「最後の塩」。
父が息子に遺した、たった一つのものとは。
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