三原城築城、名もなき石工の唄 第4話:海の怒り
作者のかつをです。
第一章の第4話をお届けします。
今回は、物語が最も深い絶望に突き落とされる場面です。
彼らの努力を一夜にして無に帰す自然の猛威。
打ちのめされた人々の心を、丁寧に描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日の朝は、異様なほど静かだった。
風はなく、海はまるで鏡のように空を映していた。
だが、古参の漁師たちは皆、苦い顔で西の空を見つめていた。
「……嵐が来るぞ」
昼を過ぎた頃から、空は急速に鉛色に変わった。
生暖かい風が吹き始め、海には不気味なうねりが現れる。
「総員、陸へ上がれ! 船を固めろ!」
親方の怒号が響き渡る。
源蔵たちも、慌てて作業を中断し避難を始めた。
その夜。
嵐は獣のような咆哮を上げて、三原の湾を襲った。
風が家を揺らし、雨がまるで槍のように屋根を叩く。
そして、何より恐ろしかったのは海の音だった。
ゴオオオオオッ――
地鳴りのような轟音。
怒り狂った龍が、全てを飲み込もうとしているかのようだった。
源蔵は、粗末な小屋の中でただ身を固くして祈ることしかできなかった。
夜が明け、嵐が過ぎ去った時。
源蔵たちが目にしたのは、悪夢のような光景だった。
あれほど苦労して組んだ足場は粉々に砕け散っている。
資材は流木のように浜辺に打ち上げられていた。
そして、海に浮かんでいたはずの縄張りは見る影もなく消え失せていた。
数ヶ月にわたる彼らの苦労が、たった一夜で全て無に帰したのだ。
「……もう、終わりだ」
誰かが力なく呟いた。
その場にいた誰もが同じ気持ちだった。
これは、人の手でどうにかなるものではない。
この海の神が、ここに城を造ることを拒んでいるのだ。
人夫の一人が、膝から崩れ落ちて泣き始めた。
その嗚咽はすぐに周りの者たちに伝染した。
源蔵も唇を固く噛みしめた。
悔しさよりも、深い深い絶望感だけが彼の心を支配していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
瀬戸内海は穏やかなイメージがありますが、一度荒れ始めるとその表情は一変します。
当時の人々にとって、こうした嵐は神の怒りや祟りとして非常に恐れられていました。
さて、希望の全てを失った源蔵たち。
しかし、この絶望の淵から三原の地に今なお語り継がれる「奇跡」が生まれます。
次回、「ある夜の蛸」。
物語の核心である、あの伝説が登場します。
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