入浜式塩田と浜子の唄 第5話:嵐の夜
作者のかつをです。
第三章の第5話をお届けします。
今回は浜子たちの暮らしを常に脅かしていた、自然の猛威「嵐」を描きました。
そしてその出来事が、主人公一家に大きな影を落とすことになります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
清治が十三になった年の秋。
その年は例年になく、嵐の多い年だった。
浜子にとって嵐は何よりも恐ろしい。
強い雨は塩田に撒いた海水を薄めてしまい、それまでの苦労を水泡に帰す。
さらに恐ろしいのは高潮だ。ひとたび防波堤を越えれば塩田そのものを破壊し、宝である砂を全て流し去ってしまう。そうなれば浜子としての暮らしは終わりだ。
ある夜、これまで経験したことのないような猛烈な嵐が、三原の沿岸を襲った。
風が家を揺らし、雨戸を叩きつける雨音はまるで無数の石を投げつけられているかのようだ。
そして遠くでゴオオオッという、地鳴りのような海鳴りが絶え間なく響いている。
「……いかん。潮が、堤を越えるかもしれん」
父・庄助が険しい顔で呟いた。
「父ちゃん、どこへ行くだ!」
母がすがるような声を上げる。
「浜を見に行く。お前たちは、決して外へ出るな」
父は筵を頭から被ると、止める間もなく嵐の中へと飛び出していった。
清治も後を追おうとしたが、母に強く腕を掴まれ引き留められた。
不安と恐怖に苛まれながら、どれくらいの時間が経っただろうか。
父は、ずぶ濡れになり全身に生傷を作りながらも、夜明け前になんとか帰ってきた。
聞けば他の浜子たちと協力し夜通し土嚢を積んで、決壊寸前の防波堤をかろうじて守り抜いたのだという。
塩田は守られた。
だがその代償は、あまりにも大きかった。
その日を境に、父は激しく咳き込むようになった。
嵐の夜に冷たい雨と潮水に打たれ続けたことが、彼の身体を深く蝕んでいたのだ。
それでも父は一日も浜の仕事を休もうとはしなかった。
咳をこらえ痩せていく身体に鞭打って、塩田に立ち続ける。
一番浜の誇りが彼にそうさせているのは、清治にも痛いほど分かっていた。
父の背中が、少しずつ小さくなっていくように見えた。
清治は無力だった。
父の代わりに自分が浜を背負わなければ。そう思う気持ちと、まだ自分にはその技も力もないという現実。
焦りと不安が嵐の夜のように、清治の心を暗く覆っていた。
ただひたすらに父の動きを目に焼き付け、その技を盗むこと。
今の自分にできるのは、それだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
塩田はその立地から常に高潮や津波の危険に晒されていました。
美しい塩田の風景の裏側には、自然災害との絶え間ない闘いがあったのです。
さて、父の身体を蝕む病。
一家に、そして清治の心に暗い影が落ちます。
しかしそんな苦しみの中から、浜子たちの「唄」が生まれます。
次回、「浜子の唄」。
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