入浜式塩田と浜子の唄 第4話:一番浜の誇り
作者のかつをです。
第三章の第4話をお届けします。
今回は塩作りの最終工程「煎熬」を描きました。
昼間の体力勝負とは一転、夜の釜屋での熟練の技と集中力が問われる仕事です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
日中の過酷な労働を終えても、浜子に休息はない。
夕餉をかきこむように済ませると、今度は「釜屋」と呼ばれる小屋での仕事が待っていた。
釜屋の中は昼間の塩田とはまた違う、むせ返るような熱気と湿気が満ちていた。
中央には巨大な平釜が据えられ、その下では集めてきた薪がごうごうと音を立てて燃え盛っている。
この釜に昼間作った鹹水を注ぎ込み、一晩かけてひたすら煮詰めていくのだ。「煎熬」と呼ばれる塩作りの最終工程である。
「火を絶やすな。そして決して目を離すな」
父・庄助の声は、炎の音にかき消されそうになりながらも厳しく響いた。
火力が強すぎれば鹹水が焦げ付き塩の味が苦くなる。弱すぎれば結晶化が進まず仕事が終わらない。
釜の中の鹹水が煮詰まっていく様子を五感で見極め、薪をくべる量やタイミングを絶えず調整し続けなければならない。
それは熟練の技と途方もない集中力を要する仕事だった。
清治の役目は父の指示通りに薪を運び、火の番をすることだ。
燃え盛る炎に照らされた父の横顔は、昼間の塩田で見る顔とはまた違っていた。
まるで刀を鍛える刀鍛冶のように、神聖で近寄りがたい気迫に満ちている。
やがて鹹水の表面に、白い膜のようなものが浮かび始める。
塩の結晶が生まれ始めたのだ。
「よし」
父はそれまで微動だにしなかった身体を動かし、「差し水」をした。釜の温度をわずかに下げ、塩の結晶がゆっくりと大きく育つのを促すためだ。
このタイミングを見誤れば、出来上がる塩の質は天と地ほども変わってしまう。
父が作る塩は、この辺りの浜で「一番塩」と呼ばれていた。
粒が大きく雪のように真っ白で、ただ塩辛いだけでなくほのかに甘みさえ感じる。藩に納める上納塩とは別に、大坂の大きな料亭などがわざわざ高い値を付けて買い付けに来るほどの逸品だった。
清治は子供心に、それが誇らしかった。
だがその一番塩が、これほどの苦労と父の研ぎ澄まされた技の結晶であることを、今改めて目の当たりにしていた。
釜の中では白いダイヤが、静かに、しかし確実にその姿を現しつつあった。
それは父が浜子としての人生の全てを懸けて生み出す、芸術品にも見えた。
清治は眠気も忘れ、ただじっとその神秘的な光景に見入っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
塩の品質は、この煎熬の工程でほぼ決まると言っても過言ではありませんでした。
特に火力の微妙な調整は浜子の腕の見せ所であり、その家の秘伝ともいえる技術だったのです。
さて、最高の塩を生み出す父。
しかしその父の身体を、過酷な労働が蝕んでいきます。そして自然の猛威が、彼らの暮らしを脅かします。
次回、「嵐の夜」。
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