入浜式塩田と浜子の唄 第3話:潮と太陽との戦い
作者のかつをです。
第三章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は入浜式塩田における最も重要な工程である「採鹹」の様子を詳しく描きました。
浜子たちの過酷な労働を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
潮撒きの作業が終わると、浜子たちの太陽との長い戦いが始まる。
太陽が空高く昇り、じりじりと大地を焦がし始める。
塩田には陽光を遮るものは何一つない。白く輝く砂浜からの照り返しも相まって、まるで巨大な焼き釜の中にいるような息の詰まる暑さだった。
浜子たちは撒かれた海水が太陽の熱でゆっくりと乾き、塩分だけが砂の表面に残るのをひたすら待つのだ。
「潮が、泣き始めたな」
昼過ぎ、父が空を見上げながら呟いた。
清治が目を凝らすと、乾き始めた砂の表面がまるで涙を流したかのように白くキラキラと光っているのが見えた。
塩の結晶が生まれ始めた合図だった。
ここからが体力勝負の正念場だ。
「まんが」と呼ばれる大きな木の板でできた道具を使い、塩分を含んだ砂を一か所へと集めていく。「鹹砂掻き(かんしおがき)」である。
広大な塩田の砂を全て掻き集めるのは、想像を絶する重労働だった。
清治はまだ身体が小さく、大人用のまんがは重すぎて扱えない。子供用の小さなまんがで、必死に父の仕事を手伝う。
汗が滝のように流れ落ち目に染みる。喉はカラカラに乾き頭がくらくらした。
だが父は、黙々とまるで機械のように正確な動きで砂を掻き集めていく。その額に浮かぶ汗さえも、仕事の一部であるかのようだった。
やがて塩田の中央には、集められた鹹砂の小高い山ができた。
浜子たちはこの山を「沼」と呼んだ。
仕事はまだ終わらない。
今度はこの沼の上に、再び海水を注ぎかけるのだ。
すると砂に残っていた濃い塩分が海水に溶け出し、沼の底に作られた「澪」と呼ばれる溝を通って木製の「溜井」へと流れ込んでいく。
こうして通常の海水よりも何倍も塩分濃度が高い「鹹水」が出来上がるのだ。
この鹹水こそが塩の素。
浜子たちが夜明け前から太陽と戦い、汗を流してきた努力の結晶だった。
溜井に濃い茶褐色の鹹水がとくとくと満ちていくのを、清治はただぼんやりと眺めていた。
身体は鉛のように重い。
だがその心には、今までに感じたことのない不思議な達成感が満ちていた。
自分もこの鹹水を創る一助となったのだ。
父が背負う仕事のほんの一部かもしれないが、確かに自分もこの過酷な戦いに加わった。
夕日が塩田を茜色に染めていた。
それは清治が初めて、自分の仕事に小さな誇りを感じた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この太陽と風の力だけで海水の塩分濃度を高めていくという方法は、非常に手間と時間がかかるものでした。
しかしこうして作られた鹹水からは、ミネラルを豊富に含んだ質の高い塩が生まれたのです。
さて、苦労して集めた鹹水。
いよいよこれが純白の塩へと姿を変えます。浜子たちの仕事は、夜も続きます。
次回、「一番浜の誇り」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




