佛通寺の鐘は誰がために 第5話:最初の鐘の音
作者のかつをです。
第五章の第5話、物語のクライマックスです。
ついに完成した佛通寺。
その最初の鐘の音は、誰がどのように鳴らしたのか。
主人公・一真が禅師の問いの答えにたどり着く、感動的な場面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
着工から数年の歳月が流れた。
かつて草庵しかなかった静かな谷には、今や天を衝くような本堂を中心にいくつもの堂宇が建ち並び、壮大な伽藍がその姿を現していた。
そしてついに物語の中心となる鐘楼が、完成する日がやってきた。
鐘楼には京の都から運ばれてきた、巨大な梵鐘が吊るされることになっていた。
その鐘撞き始めの儀式には、領主・小早川春平をはじめ近隣の武士や名主、そしてこの寺の完成を心待ちにしていた多くの民衆が、谷を埋め尽くすほどに集まっていた。
誰もが固唾を飲んで、その瞬間を見守っている。
一真も愚中周及のすぐ後ろに控え、緊張した面持ちで鐘楼を見上げていた。
やがて儀式が始まり、春平が愚中周及の前に進み出た。
「愚中様。つきましては、この最初の一打ちは是非とも禅師様にお願いしたく……」
誰もがそうなるだろうと思っていた。
この寺の開山である愚中周及が、最初の鐘を撞く。
それが当然の流れだった。
しかし、愚中周及は静かに首を横に振った。
「いや春平殿、わしではない。そして、あなたでもない」
愚中周及は集まった群衆の中をゆっくりと見渡した。
そして、その一番後ろの方にぼろを身にまとい、小さくなって立っている一人の老人の前で足を止めた。
「……その儀は、そなたに頼みたい」
人々がどよめいた。
その老人はこの普請の間、ただひたすら黙々と誰よりも多くの石を運び続けた名もなき人夫だった。
戦で息子を亡くし、その供養のためにとこの仕事に加わっていた男だ。
「……わしのような者が、よろしいので……?」
老人は恐縮して震えている。
「うむ。お前がよい」
愚中周及はにこりともせず、しかし有無を言わせぬ響きで言った。
「この寺はわしが建てたのではない。春平殿が建てたのでもない。ここにいる全ての民の想いが建てたのだ。ならば最初の鐘の音は、その民を代表してお前が天に届けるのが筋というものじゃ」
老人は涙をはらはらと流しながら、鐘楼へと登っていった。
そして息子への想い、平和への祈り、その全ての感情を込めて渾身の力で鐘を撞いた。
ゴォォォォォン……
深く重く、そしてどこまでも優しい鐘の音が、初めて佛通寺の谷に響き渡った。
その音は人々の心の一番深い場所にまで、染み渡っていくようだった。
戦の喧騒も憎しみも悲しみも、全てを包み込み洗い流していくような慈悲に満ちた響き。
その音を聞きながら、一真は愚中周及の問いの本当の答えを見つけていた。
「鐘は、誰がために」
それは誰か一人のためではない。
戦で死んでいった全ての者たち。
今この乱れた世を必死に生きている、全ての者たち。
そしてこれから未来に生まれてくる、まだ見ぬ全ての者たち。
その全ての命のために、この鐘は鳴り響くのだ。
一真の頬を熱い涙が伝っていくのが分かった。
それは親を亡くした、悲しみの涙ではなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この誰か一人の英雄や権力者ではなく、名もなき民衆こそが歴史を創り上げていくのだという視点。
それこそがこの「郷土史譚」シリーズの、最も根幹にあるテーマでもあります。
さて、答えを見つけた一真。
彼とこの寺は、その後どうなっていくのでしょうか。
いよいよ第五章、感動の最終話です。
次回、「千年の祈りの礎(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




