佛通寺の鐘は誰がために 第4話:寄進に込めた願い
作者のかつをです。
第五章の第4話をお届けします。
今回は寺の建立を支えた、名もなき人々の「寄進」に焦点を当てました。
一つの大きな事業が、決して権力者だけの力ではなく多くの人々のささやかな、しかし尊い想いの積み重ねによって成し遂げられていく様を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
寺の建立には莫大な銭と、資材が必要だった。
領主である小早川家の財産だけでは、到底足りるものではない。
愚中周及は領主・春平に、こう進言した。
「この寺は小早川家だけのものではない。この地に生きる全ての民の寺とならねばならぬ。ならば、その志を広く民に問うてみるがよかろう」
その言葉を受け春平は、安芸国中に広く寄進を募る高札を立てさせた。
武士も商人も農民も、身分を問わずこの大事業への協力を呼びかけたのだ。
その知らせはすぐに国中に広まった。
そして驚くべきことに、この山深い谷へ多くの人々がなけなしの銭や米を手に、続々と訪れるようになったのだ。
一真は愚中周及の言いつけで、その寄進を受け付ける窓口の手伝いをすることになった。
そこで彼は、人間の祈りの形が決して一つではないことを知ることになる。
立派な鎧兜を身に着けた武士がやってきて、砂金が詰まった袋を無言で差し出した。
「……先日の戦で多くの者を斬った。……せめてもの罪滅ぼしだ」
そう吐き捨てるように言うと、男は去っていった。
堺の大商人だという派手な身なりの男は、にこやかに笑いながら言った。
「わてらは戦で儲けさせてもらいましてな。これも仏様からの授かりもの。ここらで一つ大きな功徳を積んでおかんと、バチが当たりますさかい」
そして一真の心を最も打ったのは、腰の曲がった一人の老婆だった。
身に着けているものはぼろぼろで、見るからに貧しい農婦だった。
彼女は一真の前に震える手で、大切そうに布に包んだ数枚の古びた銅銭を差し出した。
「……これっぽっちで申し訳ないが……」
老婆は涙を浮かべながら語った。
「わしのたった一人の息子も、二年前に戦で死んだ。……せめてこの寺ができれば、あの子の魂も安らかになれるかと思うてな。……わしの全財産じゃ。どうか、受け取ってくだされ」
一真はその銅銭の重みに、胸が詰まりそうになった。
砂金のずしりとした重みとは全く違う。
人の人生そのものが込められたような、あまりにも尊い重みだった。
一真は寄進台帳に、一つ一つの名前と金額を丁寧に書き記していく。
そこには金額の大小はあっても、込められた想いの軽重はない。
戦で人を殺めた者の懺悔。
戦で儲けた者の感謝。
戦で愛する者を失った者の祈り。
その全てが、この寺の礎の一つなのだ。
「鐘は、誰がために」
愚中周及の問い。
その答えがおぼろげながら見えてきたような気がした。
あの鐘の音はきっと、この台帳に記された全ての人々のために鳴らされるべきなのだ。
一真はそう確信していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際に佛通寺の創建には、多くの人々からの寄進があったと記録されています。
それはこの寺が特定の権力者のためだけでなく、広く民衆の心の拠り所として期待されていたことの証なのでしょう。
さて、多くの人々の想いを集め、いよいよ寺の中心となる建物が完成します。
そして物語の鍵となる、あの「鐘」が姿を現します。
次回、「最初の鐘の音」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




