佛通寺の鐘は誰がために 第3話:谷に響く槌音
作者のかつをです。
第五章の第3話をお届けします。
今回は寺の建立に関わった名もなき職人や人夫たちに、焦点を当てました。
巨大な伽藍が組み上がっていく、その裏側にあった一人一人の人間ドラマを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
愚中周及の到着と共に、佛通寺の建立は本格的に始まった。
領主・小早川春平の命により、安芸国中から腕利きの宮大工や木挽き、石工といった職人たちがこの静かな谷へと集められてきた。
それまで鳥の声と川のせせらぎしか聞こえなかった場所に、木を切り倒す斧の音、岩を砕く槌音、そして男たちの威勢のいい掛け声がこだまするようになった。
一真の毎日は一変した。
愚中周及の身の回りの世話をしながら、それ以外の時間は全てこの巨大な普請の手伝いに明け暮れた。
職人たちの昼餉の炊き出し。道具の手入れ。そして山から切り出された巨大な木材を、現場まで運ぶ綱を引く手伝い。
どれも、小さな一真にとっては骨の折れる仕事だった。
だが不思議と辛いとは思わなかった。
むしろ彼の心は、今までにない高揚感に包まれていた。
それは巨大な生命が生まれる瞬間に、立ち会っているような感覚だった。
ただの木や石が職人たちの手によって少しずつ形を変え、やがて天を衝くような巨大な伽藍へと組み上がっていく。
その光景はまるで魔法のようであり、畏敬の念さえ抱かせた。
一真は様々な職人たちと、言葉を交わした。
「わしらはな小僧、ただ木を組んでるんじゃねえ。百年、いや千年風雪に耐える祈りを組んでるんだ」
そう誇らしげに語る宮大工の棟梁。
仏を彫っている仏師は、静かな目でこう言った。
「わしの鑿が仏様を彫るのではない。木の中に眠っておられる仏様を、わしがただ呼び覚まして差し上げるだけのことよ」
そして一真の心を最も揺さぶったのは、一人の無口な人夫の男だった。
男は元は戦場で名の知れた武士だったが、あまりに多くの人を殺めすぎた罪悪感から刀を捨て、この普請に加わったのだという。
彼は誰よりも黙々と働き、決して弱音を吐かなかった。
ある日一真がなぜそこまで働くのかと尋ねると、男は初めてぽつりと呟いた。
「……わしが殺めた者たちの顔が、夜な夜な夢に出てくる。……この寺ができれば、その者たちの魂も少しは浮かばれるやもしれん。……そう信じて働くしか、わしにはもう道がないのだ」
一真ははっとした。
この寺はただの建物ではない。
それを造っている一人一人の職人や人夫たちの、様々な過去、そして未来への祈りが一本一本の柱に、一枚一枚の瓦に込められているのだ。
それは戦で親を亡くした自分自身の、癒されることのない悲しみともどこか通じているような気がした。
「鐘は、誰がために」
愚中周及の問いが、再び脳裏をよぎる。
答えはまだ見つからない。
だが、その鐘の音に込められるべき人々の想いの重さだけは、ずしりと彼の心に響き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
大規模な寺社の建立は単なる建築事業ではなく、最新の技術や文化が集まる一大プロジェクトでもありました。
そこには様々な背景を持つ人々が集い、交流し新しいエネルギーが生まれていったのです。
さて、多くの人々の想いを集めて少しずつ形になっていく佛通寺。
しかしそのためには、もう一つ欠かせないものがありました。
次回、「寄進に込めた願い」。
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