佛通寺の鐘は誰がために 第2話:禅師との出会い
作者のかつをです。
第五章の第2話をお届けします。
今回はこの物語のもう一人のキーパーソンである、名僧・愚中周及が登場します。
彼の禅問答のような問いかけが、主人公・一真の人生を大きく導いていくことになります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
小早川春平の熱心な招きに応じ、数ヶ月後、京の都から一人の高名な禅師がこの沼田の谷へとやってきた。
その名は愚中周及。
時の将軍からも深く帰依される、当代随一の高僧である。
その到着の日。
草庵へと続く道には、一目その姿を拝もうと近隣の村々から多くの人々が集まっていた。
一真もその人垣の一番後ろから背伸びをして、禅師が乗るという粗末な駕籠を見つめていた。
どんなに立派で、後光が差すような人物が現れるのだろう。
子供心に期待で胸を膨らませていた。
やがて駕籠が着き、中から現れたのは一人の痩せた小柄な老人だった。
着ている衣は何度も繕われ、その顔には深い皺が刻まれている。
ただ、その鋭い眼光だけが鷲のように射るように、周りの人々を見渡していた。
「……これが、愚中様?」
人々の間から、失望とも驚きともつかぬ囁きが漏れた。
一真も、拍子抜けしてぽかんと口を開けていた。
出迎えた領主・春平が、深々と頭を下げる。
「愚中様。ようこそこの辺鄙な谷へお越しくださいました。ささ、これより伽藍建立の図面を……」
しかし愚中周及は、それを手で制した。
「春平殿。わしは立派な建物を建てに来たのではない」
その声は静かだったが、谷の隅々まで響き渡るようだった。
「寺とは、屋根や柱でできるのではない。そこに集う人々の心の中にできるもの。まず為すべきは、戦に疲れ明日をも知れぬ民の心に、一本の決して揺るがぬ柱を建てること。……それがわしの役目じゃ」
その言葉に春平は、はっとしたように顔を上げた。
人々もざわめきを忘れ、静まり返ってその言葉に聞き入っていた。
一真は身体に電気が走るような衝撃を受けていた。
難しいことは分からない。
だがこの老人の言葉だけが、これまで誰からも与えられなかった自分の心の、もやもやとした不安の正体を照らし出してくれるような気がした。
その日から数日後。
一真は老師に、信じられない言いつけを受けた。
「一真。お前を今日から、愚中様の身の回りの世話係とする。粗相のないよう、よう勤めるのじゃぞ」
なぜ自分のような孤児の小僧が。
戸惑いながらも一真は、愚中周及が寝起きする離れの庵へと向かった。
「……入れ」
中から短い声がした。
一真がおずおずと中へ入ると、愚中周及は壁に向かい静かに座禅を組んでいた。
「……小僧。お前に一つ問う」
愚中周及は振り向かぬまま、静かに尋ねた。
「寺ができれば大きな鐘ができる。……その鐘は、誰がために鳴るものか、知っておるか」
鐘は、誰がために。
考えたこともない問いだった。
「……それは……仏様のために、ございますか」
一真がかろうじてそう答えると、愚中周及はふっと静かに笑った。
「……その答え、この寺ができるまでに見つけてみよ。それもまた修行じゃ」
その問いがこれから長い間、一真の心の道標となることを、彼はまだ知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
愚中周及は臨済宗の高僧であり、その教えは厳しく、また深い慈悲に満ちていたと伝えられています。
彼がこの地に禅の文化を根付かせたことが、佛通寺のその後の発展の大きな礎となりました。
さて、「鐘は、誰がために鳴るのか」。
この大きな問いを胸に抱いた一真。
いよいよ寺の建立が本格的に始まります。
次回、「谷に響く槌音」。
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