表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第1部:礎の物語 ~城と人が町を創る~
29/127

佛通寺の鐘は誰がために 第1話:戦乱の世の祈り

作者のかつをです。

 

新しい構成案に基づき、本日より第五章「佛通寺の鐘は誰がために」の連載を開始します。

 

舞台は南北朝の動乱期。

戦乱の世に人々は仏に何を求めたのか。

全国屈指の禅道場として知られる佛通寺。その創建の裏にあった、名もなき人々の祈りの物語に光を当てます。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

広島県三原市の北部、鬱蒼とした木々に覆われた静かな渓谷に名刹・佛通寺ぶっつうじはたたずんでいる。

秋には燃えるような紅葉が境内を彩り、多くの人々がその美しさと静寂を求めて訪れる。

 

この寺が全国でも有数の禅道場として開かれたのは今から六百年以上も昔、南北朝の動乱期。

世が最も乱れ、人々が先の見えない不安の中に生きていた時代だった。

 

これは戦乱の世に一筋の光を灯そうとした領主と高名な禅師、そしてその巨大な事業の片隅で自らの運命と向き合った、名もなき小僧の物語である。

 

 

南北朝の動乱が始まってから、すでに数十年。

安芸国、沼田荘。

 

小僧の一真いっしんは、仏前に供えるための水を汲みに、谷川へと続く落ち葉の積もった小道を一人歩いていた。

齢は十になったばかり。

彼は物心つく前に、戦で両親を亡くした。

以来、この佛通寺の前身となる小さな草庵で老師に拾われ、育てられてきた。

 

一真にとって世界とは、この静かな谷と経を読む老師の声、そして時折遠くから聞こえてくる戦の噂だけだった。

なぜ人は争うのか。

なぜ自分には父も母もいないのか。

老師に尋ねても、「全ては因果じゃ」と難しい顔で答えるだけだった。

 

その日、草庵はいつもと違う緊張した空気に包まれていた。

この地を治める領主、沼田小早川家の当主・小早川春平こばやかわはるひらが、数人の家臣を連れて自らこの谷を訪れたのだ。

 

一真は物陰に隠れ、息を殺してその様子を窺っていた。

春平はまだ若かったが、その顔には幾多の戦をくぐり抜けてきた武将としての厳しい覚悟が刻まれている。

 

「老師。わしは決めた。この地に大寺院を建立する」

 

春平の声は、谷の静寂を破るように力強く響いた。

 

「これ以上、戦で民の血が流されるのは見たくない。南朝も北朝も関係ない。この地に生きる全ての者の魂が安らかに眠れる場所を、そして生きている者たちが心の平穏を得られる拠り所を、わしは作りたいのだ」

 

それは武士として人を斬り、領地を広げることだけが務めではないという、若き領主の魂の叫びだった。

 

一真は、その言葉の意味をまだ半分も理解できなかった。

ただ、何か途方もなく大きなことがこの静かな谷で始まろうとしている。

その漠然とした予感だけが、鳥肌となって彼の小さな背中を駆け巡っていた。

 

自分の孤独な人生が、その大きなうねりの中に飲み込まれていくことになるとは知らずに。

一真はただ、読経の声だけが響く草庵の片隅でじっと耳を澄ませていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第五章、第一話いかがでしたでしょうか。

 

佛通寺は1397年、小早川春平が、高僧・愚中周及を開山として招き創建されました。

戦で多くの命が失われる時代だったからこそ、人々は心の救いを切実に求めていたのでしょう。

今回はその始まりの発願を描きました。

 

さて、若き領主の熱い想い。

それに応え、一人の偉大な禅師がこの地にやってきます。

 

次回、「禅師との出会い」。

 

ブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ