村上水軍と塩飽の船乗り 第6話:時代の変わり目
作者のかつをです。
第四章の第6話をお届けします。
毛利氏の台頭という歴史の大きなターニングポイント。
その中で村上水軍がどう生き残りを図っていったのか。
そしてその政治的な決断が主人公たちの運命をいかに翻弄していくのかを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
海賊の襲撃事件から数ヶ月。
何事もなかったかのように、海は穏やかな表情を取り戻していた。
だが水面下では、時代は確実に、そして急速に動いていた。
安芸国の毛利元就の勢力拡大は、とどまることを知らなかった。
厳島の戦いで西国の大大名である陶晴賢を奇跡的に打ち破ると、その名は天下に轟き渡った。
そして毛利は、いよいよ瀬戸内海の完全支配へと乗り出してきた。
その尖兵となったのが、元就の三男、小早川隆景だった。
彼が三原の湾に築いた海に浮かぶ巨城は、村上水軍にとって無視できない脅威となりつつあった。
ある日、因島の砦にその小早川隆景からの使者が訪れた。
「我が主、隆景様が村上殿と同盟を結びたい、と仰せである」
使者の言葉に、砦の中は緊張に包まれた。
毛利と手を組む。
それはこれまでの誰にも与しないという、村上水軍の誇りを捨てることを意味する。
だが断れば、毛利という巨大な敵を正面から相手にすることになる。
評定は何日にも及んだ。
「毛利などに頭を下げられるか!」
そう息巻く武断派。
「いや、時代の流れには逆らえぬ。ここで毛利と手を組むことこそ生き残る道」
そう主張する穏健派。
吉蔵にはその難しい政治の駆け引きはよく分からなかった。
彼が案じていたのはただ一つ、鶴姫のことだった。
同盟を結ぶということは、多くの場合人質を意味する。
当主の大事な姫君がその役目を担わされるというのは、戦国の世の常だった。
もし鶴姫様が、あの三原の城へ嫁ぐことになったら。
もう二度と会うことは叶わないかもしれない。
吉蔵はいてもたってもいられなかった。
だが彼にできることは何もない。
ただ評定の結果を待つだけだった。
そして長い長い議論の末、当主・吉充はついに決断を下した。
「……毛利と、手を組む」
その重い一言が広間に響き渡った。
その夜。
吉蔵は鶴姫に呼び出された。
月明かりの下、浜辺に立つ鶴姫の姿はいつもよりさらに儚げに見えた。
「……聞いたぞ、吉蔵。父が決断した、と」
「……はい」
「わらわは小早川の元へ嫁ぐことになろう。それが定めじゃ」
鶴姫の瞳は凪いだ夜の海のようだった。
覚悟を決めている瞳だった。
「吉蔵。……最後に一つだけ、願いを聞いてもらえるか」
「……何なりと」
「もう一度そなたの船で海へ連れて行ってはくれぬか。夜が明けるまで。ただ静かに、この島の潮の香りを感じていたいのだ」
それは村上の姫としてではなく、ただの一人の海を愛する娘としての、ささやかな、そしてあまりにも切ない願いだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際にも因島村上氏は毛利氏と同盟関係を結び、その強力な水軍力として活躍していくことになります。
しかしそれは彼らが独立した海の王国としての地位を失うことの始まりでもありました。
さて、時代の大きなうねりによって引き裂かれようとしている吉蔵と鶴姫。
彼らの最後の航海が始まります。
次回、「船乗りの見た夢(終)」。
第四章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




