沼田荘の土、高山城の風 第5話:新高山の夜明け
作者のかつをです。
第三章の第5話をお届けします。
高山城から海の近くの「新高山城」へ。
本拠地を移した小早川一族の、新しい時代の幕開けを描きました。
祖父と孫、二つの世代の視点を通して変わるものと変わらないもの、その双方を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
小早川一族の決断から、数年の歳月が流れた。
高山城の麓。
沼田川が大きく蛇行し、瀬戸内海へと注ぎ込むその手前の丘陵地に、新しい城がその威容を現した。
「新高山城」である。
それは、いざという時に山頂に籠ることを前提とした古い高山城とは、全く思想の異なる城だった。
麓に広大な郭を設け、多くの家臣たちがそこに屋敷を構えて暮らす。
そして城のすぐそばには、沼田川を利用した大きな港が築かれていた。
それは守るためだけの城ではない。
海運の利を活かし富を集め、人を集め、そしてここから外へと打って出るための攻めの拠点だった。
又四郎の息子、そして孫の代になっていた。
又四郎は百歳近い天寿を全うし、愛する沼田の土へと還っていった。
孫の新九郎は、祖父とは違い物心ついた時からこの新高山城で育った、新しい世代の武士だった。
彼にとって故郷とは沼田の田園風景であると同時に、港から聞こえる船乗りたちの威勢のいい声であり、潮の香りでもあった。
「じい様はなぜ、あれほど土にこだわったのだろうな」
新九郎は父から聞かされる祖父・又四郎の昔話を、時々不思議な気持ちで聞いていた。
もちろん、沼田荘の米が自分たちの力の源泉であることは理解している。
だがそれ以上に、この港がもたらす富が自分たちの暮らしをどれほど豊かにしたか。
珍しい唐の品々、上方で流行りの着物、そして新しい戦のやり方。
全てこの海がもたらしてくれたものだ。
ある朝。
新九郎は城の物見櫓から、朝靄の中に浮かぶ港の様子を眺めていた。
数隻の大きな船が荷揚げの準備をしている。
その向こうには静かな瀬戸内海が、朝日に照らされてきらきらと輝いていた。
「美しい……」
新九郎は思わず呟いた。
その時、彼はふと祖父の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
祖父・又四郎は、あの高山の頂から沼田の土を守ろうとした。
そして今、自分はこの新高山の櫓から、この港と海を守ろうとしている。
場所は違う。時代も違う。
だが、自分たちが愛する故郷を未来へと繋いでいきたいという、その想いだけは何も変わらないのではないか。
土の民から海の民へ。
小早川一族は大きな変貌を遂げた。
だが、その根底に流れる「守り人」としての魂は、確かに受け継がれていたのだ。
新高山の夜明け。
それはやがて、あの海に浮かぶ巨城「三原城」の壮大な物語へと繋がっていく、静かな、しかし確かな夜明けだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
新高山城は麓に家臣団の居住区を設けるなど、戦国時代の城郭へと発展していく過渡期的な特徴を持った城でした。
この城で力を蓄えたことが、小早川氏が安芸国を代表する戦国大名へと成長していく大きな要因となったのです。
さて、山の城から海の城へ。
いよいよこの物語も最終話を迎えます。
次回、「潮風への序章(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




