三原城築城、名もなき石工の唄 第2話:若き殿様の夢
作者のかつをです。
第一章の第2話をお届けします。
物語のキーパーソン、小早川隆景の登場です。
彼の壮大なビジョンが、名もなき職人たちの心を少しずつ動かしていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ある日の昼下がり。
源蔵たちが汗だくで石を運んでいると、浜辺の一角がにわかに騒がしくなった。
数騎の馬に乗った武士たち。
その中心に、一人の若武者がいた。
年は三十半ばほどか。
小柄ながらその佇まいは、周囲の屈強な武士たちを圧倒するほどの静かな威厳に満ちていた。
誰もが息を呑んで、その場に平伏する。
小早川隆景、その人であった。
隆景は馬から下りると、誰に声をかけるでもなく、ただ静かに沖に浮かぶ縄張りを眺めている。
その瞳には一体何が映っているのか、源蔵には到底計り知れなかった。
「殿! ご覧ください。石工ども、よう働いております。この調子でいけば……」
側近の武士が、得意げに報告を始める。
しかし隆景は、それを手で制した。
「まだ、足りぬ」
その声は穏やかだったが、有無を言わせぬ響きがあった。
「私が欲しいのは、ただの砦ではない。この三原の地に、毛利の、いや日の本の西の玄関口となる百年の礎を築くのだ。そのためには、もっと大きな石が、もっと多くの人夫が必要となる。この海の神が根負けするほどの、人の想いがな」
百年の礎。
源蔵は、その言葉に思わず身震いした。
自分たちはただ日々の銭のために石を運んでいるだけだ。
しかし、この若き殿様は遥か先の未来を見据えている。
住む世界が違いすぎた。
隆景は不意に、源蔵たち人夫の方に目を向けた。
その視線は決して厳しいものではなかった。
むしろ、一人一人の顔を確かめるような温かみさえ感じられた。
「皆の働き、よう見ておる。苦しいだろうが、この城が成った時、お前たちの名は、この石垣と共に末代まで残るであろう。頼んだぞ」
そう言い残し、隆景は再び馬上の人となった。
嵐のように去っていった一行。
後には、ただ呆然とする人夫たちだけが残された。
末代まで、名が残る。
その言葉が、源蔵の胸に熱い何かを灯した。
それは日々の労働の対価である銭とは全く違う、職人としての「誇り」という名の小さな炎だったのかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
小早川隆景は父・毛利元就譲りの知将として有名ですが、同時に領民思いの名君であったとも伝えられています。
彼の言葉が、この難事業を成し遂げるための大きな原動力となったのです。
さて、殿様の言葉に奮起した職人たち。
しかし彼らの前に、三原の海の大きな試練が立ちはだかります。
次回、「沈みゆく石」。
彼らの努力は、海の底へと無情にも吸い込まれていきます。
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