御調八幡宮、石の仏様が見た千年 第3話:商人の願い
作者のかつをです。
第二十章の第3話をお届けします。
平和な時代の、人々の欲望と、その裏にある責任感。
石の仏様は、表面的な願いだけでなく、その人の本心をも見通しています。
商人の町として栄えた三原らしいエピソードです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
戦乱が去り、世は泰平の江戸時代となった。
人々の願いも、「生きるか死ぬか」から、「いかに豊かに暮らすか」へと変わっていった。
この頃になると、我輩の噂は遠くまで広がり、三原の城下町からも多くの商人が訪れるようになった。
ある日、恰幅の良い商人がやってきた。
身なりは豪華だが、その目はギラギラと欲望に燃えていた。
「仏様。どうか、今度の取引がうまくいきますように。……もし願いが叶えば、この社殿を金で塗り替えて差し上げますぞ」
男は我輩を撫で回しながら、そんな大それたことを言った。
その掌は汗ばんでおり、金への執着がべっとりと張り付いているようだった。
(……やれやれ、また金か)
我輩はうんざりした。
人間というのは、満たされれば満たされるほど、さらに多くを欲しがる生き物らしい。
だが、男はふと手を止め、誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「……頼みます。この取引が失敗すれば、店は潰れ、奉公人たちを路頭に迷わせてしまう。……あいつらには、家族がいるんです」
その瞬間、男の掌から伝わってくる「気」が変わった。
先ほどまでのギラギラした欲望の奥に、守るべきものへの深い愛情と、責任感が隠されていたのだ。
強欲に見える商人もまた、背負うものの重さに震えている、一人の弱い人間だった。
我輩は、少しだけ彼の掌に力を返してやった。
(……わかった。その性根に免じて、少しだけ運を分けてやろう)
後日、その商人は再びやってきた。
取引は成功したらしい。
だが、彼は社殿を金で塗ることはしなかった。
代わりに、新しい手水鉢を寄進し、奉公人たち全員を連れて、感謝の祈りを捧げに来た。
「みんな、この仏様のおかげだ。しっかり拝んでおけよ」
奉公人たちが、笑顔で我輩を撫でていく。
「旦那様、よかったですね」
「これからも、しっかり働きますよ」
その温かい手、手、手。
我輩は、くすぐったいような、温かい気持ちに包まれた。
金そのものに、価値はない。
だが、金が人々の笑顔を守る道具になるのなら、それもまた悪くはない。
第六章の塩田の親父も、第九章のだるま職人も。
皆、金のためではなく、その先にある誰かの幸せのために働いていたのだ。
人間の「欲」というものは、時として美しく、そして力強いものだと、我輩はこの時学んだのである。
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「幸運仏」のご利益は、一説には商売繁盛にもあると言われています。
多くの人々が成功を夢見てこの石を撫でていったのでしょう。
さて、大人の複雑な願いを聞き続けてきた仏様。
しかし、彼が最も好んだのは、もっと純粋な訪問者たちでした。
次回、「子供たちの笑顔」。
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