御調八幡宮、石の仏様が見た千年 第2話:武士の祈り
作者のかつをです。
第二十章の第2話をお届けします。
戦乱の時代、武士たちが抱えていた孤独と恐怖。
石の仏様だけが知っている、彼らの本音を描きました。
歴史の教科書には載らない、名もなき兵士たちの真実の姿です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
平安が終わり、鎌倉、室町と、世は武士の時代へと移り変わった。
神社の境内にも、鎧に身を包んだ武者たちが頻繁に姿を見せるようになった。
彼らの願いは切実だった。
「武運長久」
「敵に打ち勝てますように」
そんな勇ましい言葉を口にしながら、彼らが我輩を撫でる手は決まって冷たく、震えていた。
ある雨の夜。
一人の若武者が、人目を忍んでやってきた。
まだ元服して間もないような、あどけなさの残る少年だった。
彼は、明日初陣を迎えるのだという。
「……怖い」
誰もいない境内で、少年は我輩にすがりつき、本音を吐露した。
「死にたくない。……人を、殺したくない」
彼の掌から、脂汗と強烈な恐怖が伝わってくる。
家のため、名誉のため。
大人たちはそう言うが、この少年にとって戦場はただの死に場所でしかなかった。
「仏様。……どうか生きて、母上の元へ帰れますように」
彼は勝利ではなく、生還を願った。
我輩は動けない。
彼に「逃げろ」と言うことも、「大丈夫だ」と背中をさすってやることもできない。
ただ、彼の恐怖をこの冷たい石の肌で吸い取ってやることくらいしか、できなかった。
(……生きろよ、若造)
我輩は、心の中で念じた。
翌朝、彼は憑き物が落ちたような顔で、戦場へと向かっていった。
数日後。
その少年が、再び現れた。
鎧は泥まみれで、片足を引きずっていたが、その目は生きていた。
「……ありがとうございました」
彼は我輩を撫で、涙を流した。
「怖くて足がすくんで、動けなかった。……でも、ふとこの石の温かさを思い出したら、不思議と身体が動いて、矢を避けることができました」
温かさ。
冷たい石である我輩に、そんなものがあるはずがない。
それは、彼自身が持っていた「生きたい」という強い意志が、熱となって我輩に反射しただけなのだろう。
だが、それでも良かった。
彼が生きている。それだけで。
戦乱の世は長く続いた。
第一章で見た三原城の石工たちも、第四章の水軍の男たちも、皆何かに祈り、何かにすがりながら生きていた。
強そうに見える武士たちも、一皮むけばただの弱い人間なのだ。
家族を愛し、死を恐れる、ただの人間。
我輩は数えきれないほどの武人たちの、弱音と涙を吸い込みながら、少しずつ黒光りするようになっていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
御調八幡宮は源氏ゆかりの神社としても知られています。
多くの武将たちがここで戦勝祈願を行ったと記録されていますが、その心の内には、きっと生への執着と恐怖があったに違いありません。
さて、戦乱の世が終わり、時代は平和な江戸へ。
次に現れたのは、欲望に満ちた目をした男でした。
次回、「商人の願い」。
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