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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第4部:悠久の物語 ~土地に眠る伝説と信仰~
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御調八幡宮、石の仏様が見た千年 第2話:武士の祈り

作者のかつをです。

第二十章の第2話をお届けします。

 

戦乱の時代、武士たちが抱えていた孤独と恐怖。

石の仏様だけが知っている、彼らの本音を描きました。

歴史の教科書には載らない、名もなき兵士たちの真実の姿です。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

平安が終わり、鎌倉、室町と、世は武士の時代へと移り変わった。

神社の境内にも、鎧に身を包んだ武者たちが頻繁に姿を見せるようになった。

 

彼らの願いは切実だった。

 

「武運長久」

「敵に打ち勝てますように」

 

そんな勇ましい言葉を口にしながら、彼らが我輩を撫でる手は決まって冷たく、震えていた。

 

ある雨の夜。

一人の若武者が、人目を忍んでやってきた。

まだ元服して間もないような、あどけなさの残る少年だった。

彼は、明日初陣を迎えるのだという。

 

「……怖い」

 

誰もいない境内で、少年は我輩にすがりつき、本音を吐露した。

 

「死にたくない。……人を、殺したくない」

 

彼の掌から、脂汗と強烈な恐怖が伝わってくる。

家のため、名誉のため。

大人たちはそう言うが、この少年にとって戦場はただの死に場所でしかなかった。

 

「仏様。……どうか生きて、母上の元へ帰れますように」

 

彼は勝利ではなく、生還を願った。

 

我輩は動けない。

彼に「逃げろ」と言うことも、「大丈夫だ」と背中をさすってやることもできない。

 

ただ、彼の恐怖をこの冷たい石の肌で吸い取ってやることくらいしか、できなかった。

 

(……生きろよ、若造)

 

我輩は、心の中で念じた。

 

翌朝、彼は憑き物が落ちたような顔で、戦場へと向かっていった。

 

数日後。

その少年が、再び現れた。

鎧は泥まみれで、片足を引きずっていたが、その目は生きていた。

 

「……ありがとうございました」

 

彼は我輩を撫で、涙を流した。

 

「怖くて足がすくんで、動けなかった。……でも、ふとこの石の温かさを思い出したら、不思議と身体が動いて、矢を避けることができました」

 

温かさ。

冷たい石である我輩に、そんなものがあるはずがない。

それは、彼自身が持っていた「生きたい」という強い意志が、熱となって我輩に反射しただけなのだろう。

 

だが、それでも良かった。

彼が生きている。それだけで。

 

戦乱の世は長く続いた。

第一章で見た三原城の石工たちも、第四章の水軍の男たちも、皆何かに祈り、何かにすがりながら生きていた。

 

強そうに見える武士たちも、一皮むけばただの弱い人間なのだ。

家族を愛し、死を恐れる、ただの人間。

 

我輩は数えきれないほどの武人たちの、弱音と涙を吸い込みながら、少しずつ黒光りするようになっていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

御調八幡宮は源氏ゆかりの神社としても知られています。

多くの武将たちがここで戦勝祈願を行ったと記録されていますが、その心の内には、きっと生への執着と恐怖があったに違いありません。

 

さて、戦乱の世が終わり、時代は平和な江戸へ。

次に現れたのは、欲望に満ちた目をした男でした。

 

次回、「商人の願い」。

 

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