御調八幡宮、石の仏様が見た千年 第1話:石の記憶
作者のかつをです。
ついに、最終章となる第二十章「幸運仏のささやき ~御調八幡宮、石の仏様が見た千年~」の連載を開始します。
舞台は、三原市八幡町にある古刹・御調八幡宮。
そこに実在する「幸運仏」を語り部に、千年の歴史の中で、人々が何を願い、何を幸せと感じてきたのかを見つめる、オムニバス形式の総決算です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市八幡町。
静かな山あいに、この地方で最も古い歴史を持つ神社の一つ、「御調八幡宮」が鎮座している。
春には桜、秋には紅葉が境内を彩るこの古社の一角に、二つの大きな自然石が、仲良く寄り添うように置かれている。
「幸運仏」。
いつの頃からか、そう呼ばれるようになったこの石は、撫でると願いが叶う、幸せになれるとして、多くの人々に親しまれてきた。
これは、ただの石ころだった彼らが、千年の時を超えて数えきれないほどの人々の掌に触れ、その願いと涙を受け止め続けてきた、長くて温かい記憶の物語である。
◇
我輩は、石である。
名前は、まだない……いや、今は「幸運仏」などという、たいそうな名前で呼ばれている。
だが、元を正せば、この御調の山から転がり落ちてきた、ただの二つの岩塊に過ぎなかった。
いつ、ここに来たのか。
それはもう、気の遠くなるような昔のことだ。
この神社が建てられたのが、奈良の都の時代だというから、それよりずっと前から、我輩たちはここにいたのかもしれない。
最初は、ただの庭石だった。
参拝に来る人々が、疲れた足を休めるために腰掛けたり、子供たちが背中に乗って遊んだりする、そんな存在だった。
ある時、一人の老婆が、我輩たちの前に座り込んだ。
老婆は、隣り合って並ぶ我輩と、もう一つの石をじっと見つめ、皺だらけの手で、そっと撫でた。
「……お前さんたちは、ええなあ。雨の日も、風の日も、こうして二人で寄り添って。……まるで、仲の良い夫婦じゃ」
老婆は、そう呟くと、懐から取り出した握り飯を供え、手を合わせた。
「じいさんが、あの世でも寂しくないように。……そして、わしもいつかそっちへ行くまで、達者でいられるように」
それが、始まりだった。
老婆の祈りが通じたのか、それとも単なる偶然か。
彼女はその後も長く生き、安らかに大往生を遂げたという噂が広まった。
「あの石には、不思議な力がある」
「夫婦のように並んだ石を拝めば、家庭が円満になる」
いつしか、人々は我輩たちを「仏様」として扱い始めた。
注連縄が張られ、賽銭が置かれるようになった。
我輩は、驚いた。
ただそこに在るだけの石に、人間たちは、勝手に意味を見出し、勝手に願いを託してくる。
なんと、弱く、そして愛おしい生き物なのだろう。
我輩は、言葉を持たない。
だが、人々が触れるその掌の温もりから、彼らの心の内が、痛いほど伝わってくるようになった。
喜び、悲しみ、怒り、そして切なる願い。
我輩は、覚悟を決めた。
ならば、聞こう。
千年でも、万年でも。
この身が風化して砂になるまで、お前たちの「願い」を聞き届ける、石の仏となってやろうではないか。
こうして、我輩の、長い長い「聞き役」としての生活が始まったのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第二十章、第一話いかがでしたでしょうか。
御調八幡宮は、769年に和気清麻呂によって創建されたと伝わる、県内屈指の古社です。
その境内にある幸運仏は、大小二つの自然石で、近年パワースポットとしても注目されています。
さて、仏様となった石。
最初に彼に深刻な願いを持ち込んだのは、ある時代の武士でした。
次回、「武士の祈り」。
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