和久羅山の天狗様 第5話:山の恵み(終)
作者のかつをです。
第十九章の最終話です。
天狗との約束を守り、山と共に生きた男の生涯。
そして、その伝説が現代の風景の中にどう溶け込んでいるのかを描きました。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、山の風の中に感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
あれから、長い年月が流れた。
太郎吉は、父の跡を継ぎ、立派な炭焼き職人となった。
彼は、誰よりも山を愛し、山を知り尽くしていた。
炭を焼くための木を切る時も、彼は決して無茶な切り方はしなかった。
若木を残し、必要な分だけを慎ましく頂く。
そして、山への感謝の祈りを欠かさなかった。
「太郎吉の焼く炭は、火持ちがいい」
村人たちはそう言って、彼を慕った。
ある年、村が凶作に見舞われた時があった。
食べるものがなく、人々が困り果てていると、太郎吉は一人で山に入り、大量の山菜やキノコを背負って帰ってきた。
「山神様からの、贈り物だ」
彼はそう言って、村人たちに分け与えた。
不思議なことに、彼が入った場所にだけ、普段は見つからないような豊かな恵みが溢れていたという。
村人たちは噂した。
「太郎吉は、天狗様に守られているに違いない」
太郎吉は、その噂を聞いても、ただニカっと笑うだけだった。
彼は、生涯、あの夜のことを誰にも話さなかった。
だが、時折、仕事を終えて山を見上げる彼の目は、遠い昔の友人を懐かしむように優しかった。
風が吹き、木々がざわめくと、彼は耳を澄ませる。
そこには、あの天狗の豪快な笑い声が、混じっているような気がしたからだ。
……太郎吉が亡くなってからも、和久羅山は変わらずそこにあり続けている。
◇
……現代。和久羅山。
登山道が整備され、休日には多くのハイカーが訪れるようになった。
山頂からは、三原の市街地と、瀬戸内海の島々が一望できる。
「やっほー!」
子供たちが、山頂の岩の上から叫ぶ。
その声は、風に乗って遠くまで響いていく。
その様子を、木々の陰からそっと見守る影があるかどうかは、誰にも分からない。
だが、山を歩く人々は、時折、不思議な感覚に襲われることがある。
誰もいないはずなのに、視線を感じたり、急に突風が吹いて帽子が飛ばされたり。
そんな時、地元のお年寄りは笑ってこう言うのだ。
「天狗様が、遊んでおられるんじゃよ」
山を大切にする心がある限り、天狗は今もこの山に住み、人々を見守り続けているのかもしれない。
和久羅山に吹く風は、今日も、どこか懐かしく、そして少しだけ悪戯っぽい匂いがした。
(第十九章:和久羅山の天狗様 了)
第十九章「和久羅山の天狗様」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
和久羅山は、三原市民にとって身近な山ですが、登ってみると意外なほどの絶景と、深い自然に出会えます。
もし登られる際は、天狗様への挨拶を忘れずに。
さて、物語はいよいよ最終章を迎えます。
最後は、千年もの間、人々の願いを聞き続けてきた、ある石の仏様の物語です。
次回から、最終章が始まります。
第二十章:幸運仏のささやき ~御調八幡宮、石の仏様が見た千年~
撫でると幸運が訪れるという「幸運仏」。
その石の視点から、様々な時代の人々の願いと、幸せの形を描く、心温まるフィナーレです。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、最終章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




