和久羅山の天狗様 第4話:不思議な約束
作者のかつをです。
第十九章の第4話をお届けします。
天狗による「送り届け」と、少年との約束。
空を飛ぶ爽快感と、自然と共生するための教訓を描きました。
子供の頃の不思議な体験は、一生の宝物になりますね。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
小鳥のさえずりで、太郎吉は目を覚ました。
朝日は木々の間から差し込み、昨夜の霧はすっかり晴れていた。
「起きたか、小僧」
天狗は、すでに岩の上に立って、下界を見下ろしていた。
その背中には、大きな翼が朝日に輝いている。
「さあ、帰るぞ。親父が心配して、泣きべそをかいておるわ」
天狗はそう言うと、太郎吉をひょいと抱え上げた。
次の瞬間、二人の身体は宙に浮いた。
「うわぁっ!」
風を切って、木々の上を飛んでいく。
眼下には、和久羅山の全貌が広がり、その向こうには三原の町と、きらめく瀬戸内海が見えた。
まるで鳥になったような気分だった。
あっという間に、見覚えのある村の裏山に着いた。
天狗は、太郎吉を地面に降ろすと、その大きな手で太郎吉の頭をポンと叩いた。
「ここからは、自分の足で帰れ」
「……ありがとう、天狗様」
太郎吉が礼を言うと、天狗は厳しい顔で言った。
「一つ、約束じゃ。この山で見たこと、わしと会ったことは、誰にも話すな。そして、二度と奥山へは入るな」
「うん、分かった」
「それとな……」
天狗は、少し声を和らげた。
「山は、恵みを与える場所じゃ。だが、取りすぎてはいかん。必要な分だけ、ありがたく頂くのだ。欲をかけば、山は死ぬ。山が死ねば、お前たちも生きてはいけぬ。それを、忘れるな」
「……うん。約束する」
太郎吉は、天狗の赤い顔をまっすぐに見つめて頷いた。
「よし。行け!」
天狗が団扇を一振りすると、突風が吹き、太郎吉は思わず目をつぶった。
次に目を開けた時、そこにはもう天狗の姿はなく、ただ一際大きな松の木が、風に揺れているだけだった。
「太郎! 太郎ーーっ!」
山道の方から、父の声が聞こえた。
「父ちゃん!」
太郎吉は駆け出した。
血相を変えて探していた権蔵は、息子を見つけると、強く抱きしめて泣いた。
「馬鹿野郎! どこに行ってたんだ! 天狗にさらわれたかと思ったじゃねえか!」
太郎吉は、父の胸の中で、天狗との約束を思い出していた。
「……ごめん、父ちゃん。ちょっと、道に迷って、岩の陰で寝てたんだ」
嘘をついた。
でも、それは天狗様との、男同士の約束を守るための、大切な嘘だった。
太郎吉のポケットには、昨夜天狗がくれた木の実が一つ、入っていた。
それは、夢ではなかった証だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「必要な分だけ頂く」という教えは、里山で暮らす人々にとっての鉄則でした。
天狗は、そうした自然のルールを人間に教える、厳しい教師のような存在でもあったのでしょう。
さて、無事に帰還した太郎吉。
彼はその後、どうなったのでしょうか。
いよいよ第十九章、感動の最終話です。
次回、「山の恵み(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




