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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第4部:悠久の物語 ~土地に眠る伝説と信仰~
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和久羅山の天狗様 第3話:天狗との一夜

作者のかつをです。

第十九章の第3話をお届けします。

 

恐ろしいと思っていた天狗の、意外な素顔。

少年と天狗の、焚き火も囲まない、静かで温かい一夜を描きました。

異界の住人との心の交流は、民話の醍醐味ですね。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

太郎吉の前に現れたのは、真っ赤な顔に長い鼻、そして一本歯の下駄を履いた、大男だった。

手には、天狗の団扇うちわを持っている。

まぎれもなく、伝説の天狗だった。

 

「……ひっ!」

 

太郎吉は悲鳴を上げようとしたが、喉が引きつって声が出ない。

 

天狗は、太郎吉を見下ろすと、ギロリと目を光らせた。

その迫力に、太郎吉は腰を抜かして震えるばかりだ。

 

「……山を荒らすわらべか」

 

天狗の声は、低く、地響きのように腹に響いた。

 

「ち、違います! オラ、ただ栗を拾ってただけで……」

 

「嘘をつくな。ここはわしの庭じゃ。勝手に入り込み、騒ぎ立ておって」

 

天狗は団扇を振り上げた。

太郎吉は、もうダメだと目を閉じた。

 

しかし、痛みはやってこなかった。

代わりに、頭の上にぽんと何かが乗せられた感触があった。

 

恐る恐る目を開けると、頭の上には大きな柿の実が一つ乗っていた。

 

「……腹が減っておるのだろう。食え」

 

天狗は、団扇を下ろして、近くの岩にどっかりと腰を下ろした。

その表情は、先ほどまでの恐ろしさは消え、どこか呆れたような、それでいて温かみのあるものに変わっていた。

 

「え……? いいの?」

 

「毒など入っておらん。食わねば、山を下りる力も出まい」

 

太郎吉は、震える手で柿を手に取り、一口かじった。

甘い。

とろけるような甘さが、恐怖で縮こまった体に染み渡っていく。

 

「うまいか」

 

「う、うん。うまい」

 

太郎吉が夢中で柿を食べるのを見て、天狗はフンと鼻を鳴らした。

 

夜が来た。

山は冷え込み、太郎吉は寒さで身を縮めた。

すると、天狗は自分が着ていたみののような羽衣を脱ぎ、太郎吉にかけてやった。

 

「これでも被っておけ。山の夜は冷える」

 

その羽衣は、鳥の羽で作られていて、驚くほど温かかった。

 

「天狗様……。オラを食べないの?」

 

太郎吉が勇気を出して尋ねると、天狗は高らかに笑った。

 

「カッカッカ! 童など食って何がうまい。わしが懲らしめるのは、欲にまみれ、山を傷つける大人たちだけじゃ。お前のような、ただ迷い込んだだけのアホな小僧になど、興味はないわ」

 

天狗は、懐から木の実を取り出し、自分も食べ始めた。

 

「ここはな、人間が来てはいけない場所じゃ。お前たちが来ることで、木々が傷つき、獣たちが怯える。だからわしが守っておるのだ」

 

天狗の言葉には、山への深い愛情が感じられた。

彼は、恐ろしい化物などではなく、この和久羅山の厳しくも優しい守り神なのだ。

太郎吉は、そう直感した。

 

羽衣の温もりの中で、太郎吉のまぶたが重くなってきた。

隣には、巨大な天狗が座り、夜空の月を見上げている。

 

不思議と、もう怖くはなかった。

太郎吉は、天狗の膝元で、安心して深い眠りに落ちていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

天狗は、悪さをする妖怪として描かれることもあれば、山の守護神として描かれることもあります。

和久羅山の天狗は、きっと山を愛する、口の悪いおじいちゃんのような存在だったのかもしれません。

 

さて、夜が明けました。

天狗は太郎吉に、ある約束をさせます。

 

次回、「不思議な約束」。

 

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