和久羅山の天狗様 第2話:山で迷った子供
作者のかつをです。
第十九章の第2話をお届けします。
今回は、禁忌を破って山に入った少年が、異界へと迷い込んでいく様子を描きました。
霧、静寂、そして近づく謎の影。
神隠しの伝説が、現実味を帯びて迫ってきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翌日、太郎吉は父が仕事に出た隙を見て、一人で山に入った。
秋の和久羅山は、紅葉が燃えるように美しかった。
ドングリやアケビの実を拾いながら、太郎吉は獣道を登っていく。
いつしか彼は、父との約束を忘れ、これまで行ったことのない奥地へと足を踏み入れていた。
「……すごい! 栗がいっぱいだ!」
目の前に、見事な栗の木が現れた。
地面には、茶色く熟した栗の実が、はぜて落ちている。
太郎吉は夢中になって拾い集めた。
その時、目の前を一匹の白いウサギが横切った。
「あっ、待て!」
太郎吉は、栗を放り出してウサギを追いかけた。
ウサギは、人をからかうように、つかず離れずの距離で、森の奥へと誘い込んでいく。
気がつくと、周りの景色が一変していた。
さっきまでの明るい木漏れ日は消え、鬱蒼とした杉の大木が空を覆い隠している。
ひんやりとした冷気が漂い、鳥の声さえ聞こえない。
「……ここ、どこだ?」
太郎吉は足を止めた。
ウサギの姿は、もうどこにもなかった。
帰り道を探そうと振り返るが、どちらから来たのか分からない。
同じような景色が続くだけだ。
「父ちゃん!」
大声で呼んでみたが、返ってくるのは自分の声のこだまだけ。
急に、心細さがこみ上げてきた。
父の言葉が、脳裏をよぎる。
『天狗岩には近づくんじゃねえぞ』
もしかして、自分は天狗の縄張りに入ってしまったのではないか。
その時、ザワザワと木々が揺れ始めた。
風もないのに、枝が大きくしなり、葉が舞い落ちる。
そして、霧が出てきた。
白い、濃い霧が、足元から音もなく這い上がってくる。
あっという間に視界は白く閉ざされ、自分の手先さえ見えなくなった。
「……嫌だ、帰りてえよぉ」
太郎吉はその場にうずくまり、泣き出した。
カサッ、カサッ。
霧の奥から、足音が聞こえる。
獣の足音ではない。
二本足で、枯れ葉を踏みしめる、重い音。
「……誰だ?」
太郎吉が顔を上げると、霧の中から巨大な影が浮かび上がった。
それは、人間の背丈よりもずっと大きく、背中には翼のようなものが見える。
ヒュオオオオオ……
風の音が、まるで笑い声のように響いた。
(天狗だ……! 天狗が出た!)
太郎吉は恐怖で身動きが取れなくなった。
神隠しに遭う。食べられてしまう。
幼い心は、恐怖で塗りつぶされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
山で突然霧に巻かれたり、方角が分からなくなったりすることを「狐につままれる」や「天狗隠し」と言ったりします。
昔の人々は、山の急な天候変化を、妖怪の仕業として恐れていたのでしょう。
さて、天狗と遭遇してしまった太郎吉。
彼の運命はどうなるのでしょうか。
次回、「天狗との一夜」。
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