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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第4部:悠久の物語 ~土地に眠る伝説と信仰~
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和久羅山の天狗様 第1話:神隠しの山

作者のかつをです。

 

新しい構成案に基づき、本日より第十九章「和久羅山の天狗様」の連載を開始します。

 

三原のシンボル的な山の一つ、和久羅山。

そこに伝わる天狗伝説をモチーフに、少年と異界の住人との交流を描く、少し不思議で懐かしい物語です。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

広島県三原市。

市街地の北側に、お椀を伏せたような特徴的な形をした山がある。和久羅山わくらやまだ。

標高はそれほど高くはないが、急峻な山肌と深い森に覆われたこの山には、古くからある伝説が語り継がれている。

 

「和久羅山には、天狗が住んでいる」

 

その天狗は、山を荒らす者には恐ろしい祟りをなすが、心清き者には時に不思議な力を貸してくれるという。

 

これは、まだ電灯もなく、夜の闇が今よりもずっと深く、そして近かった時代の物語。

山と共に生き、山を畏れた人々と、そこに棲まう人ならざる者との、不思議な交流の記憶である。

 

 

時代は不詳。おそらくは江戸の末期か、明治の初め頃。

 

和久羅山の麓にある小さな村に、太郎吉たろきちという少年が住んでいた。

太郎吉は、炭焼きの父・権蔵ごんぞうと二人暮らし。

貧しいながらも、山に入ってキノコを採ったり、川で魚を釣ったりして、自然の中でたくましく育っていた。

 

ある秋の夕暮れ。

権蔵は、囲炉裏の火をいじりながら、太郎吉に言い聞かせた。

 

「いいか、太郎。山へ入るのはいいが、決して奥の『天狗岩』には近づくんじゃねえぞ」

 

「なんでだ? 父ちゃん」

 

「あそこはな、天狗様の遊び場だ。あそこへ足を踏み入れた者は、神隠しに遭って二度と帰ってこれなくなる。……昔、わしの仲間も、あそこで行方が分からなくなった」

 

権蔵の目は真剣だった。

村人たちは皆、和久羅山を「神の山」として敬い、そして恐れていた。

木を切る時も、獲物を捕る時も、必ず山の神に許しを請い、決して必要以上に山を荒らすようなことはしなかった。

 

だが、子供というのは、ダメだと言われれば言われるほど、気になってしまうものだ。

 

太郎吉の頭の中には、恐ろしい天狗の姿よりも、まだ見ぬ「天狗岩」への好奇心が膨らんでいた。

そこには、見たこともないような大きなキノコが生えているのではないか。

あるいは、天狗の落とした宝物が落ちているのではないか。

 

「……分かったよ、父ちゃん」

 

太郎吉は口ではそう答えたが、その目は、薄暗い森の奥、和久羅山の頂の方角をじっと見つめていた。

山からは、ヒュー、ヒューと、風の音が聞こえてくる。

それは、太郎吉を誘う口笛のようにも聞こえた。

 

神隠しの山。

その禁断の扉を、少年は好奇心という鍵で、開けようとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第十九章、第一話いかがでしたでしょうか。

 

和久羅山は、現在ではハイキングコースとして親しまれていますが、その急峻な山容は、昔の人々にとって畏怖の対象でもあったようです。

天狗伝説は、山への畏敬の念が生み出したものなのかもしれません。

 

さて、禁忌を破ろうとする太郎吉。

彼が山で見たものとは。

 

次回、「山で迷った子供」。

 

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