大島神社の泣き女 第6話:今も聞こえる泣き声(終)
作者のかつをです。
第十八章の最終話です。
伝説がどのように現代に伝わり、そして人々の心の中でどのように変化していくのか。
「泣き声」を、守り神の警告や、二人の笑い声として解釈し直すことで、物語に救いを持たせました。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それから、長い年月が流れた。
大島の村は、その後、大きな災害に見舞われることもなく、平穏な時を刻んできた。
しかし、不思議な噂が、いつしか島の人々の間で囁かれるようになった。
嵐の夜になると、あの大島神社の裏手の海岸から、女の泣き声が聞こえてくる、と。
「ヒック、ヒック……」
それは、風の音のようでもあり、波の音のようでもあったが、確かに、悲しみに暮れる女のすすり泣きに聞こえるという。
ある人は言う。
あれは、生贄にされたサヨの無念の霊が、今も泣いているのだ、と。
また、ある人は言う。
いや、あれはサヨが、海に沈んだ太一を想って泣いているのだ、と。
そして、もう一つの説がある。
あれは悲しみの涙ではない。
嵐の夜、海が荒れると、サヨの霊が現れて、漁師たちに「海に出てはいけない」と警告してくれているのだ、と。
彼女は「泣き女」となって、今も島の人々を、海の脅威から守ってくれているのだ、と。
時代は移り、大島は「佐木島」と名を変え、三原市の一部となった。
島には橋は架からず、今も船で行き来する静かな島だ。
大島神社は、今も島の鎮守として大切に祀られている。
その境内の片隅には、サヨと太一を祀ったとされる、夫婦岩のような二つの石が、仲良く並んで置かれている。
◇
……現代。佐木島。
トライアスロン大会の会場として賑わうこの島に、一人の観光客の女性が訪れた。
彼女は、島の歴史に興味を持ち、大島神社へと足を運んだ。
静かな境内。木々のざわめき。
裏手の海岸に降りると、穏やかな波が打ち寄せている。
彼女は、海に向かって手を合わせた。
「……サヨさん、太一さん。あなたたちの愛が、この島を守ってくれたんですね」
ふと、風が吹いた。
その風の中に、かすかに、本当に微かにだが、泣き声ではなく、鈴を転がすような、若い男女の笑い声が聞こえたような気がした。
もしかしたら、二人はもう、泣いてはいないのかもしれない。
平和になったこの島を、海の中から笑顔で見守っているのかもしれない。
観光客の女性は、温かい気持ちになって、島を後にした。
佐木島の海は、今日も青く、美しく輝いている。
その深淵に、悲しくも美しい愛の物語を秘めたまま。
(第十八章:大島神社の泣き女 了)
第十八章「大島神社の泣き女」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
佐木島は、三原港からフェリーですぐの場所にありながら、どこか懐かしい時間が流れる美しい島です。
大島神社を訪れる際は、ぜひこの物語を思い出して、海に思いを馳せてみてください。
さて、海にまつわる悲恋の物語から、次回は山に伝わる不思議な妖怪の物語へと移ります。
三原の北部にそびえる山で、神隠しの伝説を追います。
次回から、新章が始まります。
第十九章:和久羅山の天狗様
山を荒らす人間を戒め、時には助ける気まぐれな天狗。
純真な子供との交流を描く、ちょっと不思議で心温まる幻想奇譚です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




