大島神社の泣き女 第4話:龍神への祈り
作者のかつをです。
第十八章の第4話をお届けします。
儀式のクライマックス。
死を覚悟したサヨと、それを阻止しようと乱入する太一。
神への畏怖と、人間としての愛がぶつかり合う、緊迫のシーンを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
儀式の日の朝。
嵐は、最高潮に達していた。
空は墨を流したように黒く、稲光が絶え間なく走り、海は白い牙を剥いて島を飲み込もうとしていた。
サヨは、白無垢の死装束に着替えさせられた。
美しい黒髪は整えられ、唇には紅が差された。
まるで、本当に嫁入りするかのように美しかったが、その顔色は雪のように白かった。
「……参ろうか」
神主が先導し、村人たちがその後ろに続く。
葬列のような行列が、雨の中、神社の裏手にある断崖絶壁「龍神岬」へと向かっていく。
サヨは、一歩一歩、自分の足で歩いた。
もう、迷いはなかった。
(これで、終わる。私の命で、みんなが助かるなら……)
岬の突端には、荒れ狂う海を見下ろすように、祭壇が設けられていた。
波が岩肌に打ち付けられ、飛沫が雨のように降り注ぐ。
サヨは、祭壇の前に立たされた。
目の前には、渦を巻く暗黒の海。
あそこへ、飛び込むのだ。
神主が、祝詞を上げ始める。
その声は、風の音にかき消され、切れ切れにしか聞こえない。
村人たちは、地面にひれ伏し、必死に祈っている。
「龍神様、どうかお納めください」「村をお救いください」
その中に、両親の姿もあった。
母は泣き崩れ、父は震えながら手を合わせている。
(お父さん、お母さん。ごめんなさい。親不孝な娘で……)
サヨは、心の中で別れを告げた。
そして、最後に、太一のことを想った。
あの優しい笑顔。温かい手。
生まれ変わったら、今度こそ、彼と一緒になりたい。
「……さあ、行くのじゃ」
神主が、背中を押すように促した。
サヨは、ゆっくりと、崖の縁へと進んだ。
下を見ると、吸い込まれそうな恐怖が襲ってくる。
彼女は、ぎゅっと目を閉じた。
そして、両手を合わせ、最後の祈りを捧げた。
「龍神様。私の命を捧げます。どうか、この嵐を鎮めてください。そして……あの人を、守ってください」
その時だった。
「待てーーっ!」
雷鳴をも切り裂くような、男の声が響いた。
村人たちが驚いて振り返ると、そこには、一本の銛を握りしめた太一が立っていた。
その目は血走り、鬼気迫る形相をしていた。
「太一さん……!」
サヨが叫ぶ。
「誰にも、サヨは渡さない! 神だろうが、龍だろうが、俺が相手だ!」
太一は、祭壇に駆け上がり、サヨの前に立ちはだかった。
村人たちがざわめく。
神聖な儀式を邪魔するなど、あってはならないことだ。
「太一、やめるんじゃ! 神の怒りを買うぞ!」
長老が叫ぶが、太一は聞く耳を持たなかった。
「こんな生贄で、本当に村が救われるのか! 大切な仲間を殺してまで生き延びて、それが人の道か!」
太一の叫びは、村人たちの心に突き刺さった。
誰もが、心の中では分かっていたのだ。これが間違っていることを。
しかし、恐怖が彼らを縛り付けていた。
その時、一際大きな雷が落ち、崖が揺れた。
海から、巨大な水柱が立ち上る。
まるで、龍神が太一の言葉に激怒したかのように。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
太一の叫びは、現代の私たちが抱く「人身御供」への疑問そのものです。
しかし、当時の人々にとって、神の怒りは絶対的な恐怖でした。
その葛藤の中で、物語は悲劇的な結末へと向かいます。
さて、神の怒りに触れた二人。
彼らの運命は。
次回、「海に消えた恋人」。
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