城下町の誕生、一番祭りの熱気 第3話:許されぬ恋
作者のかつをです。
第二章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は祭りの熱気の裏側にある、厳しい現実を深く描きました。
生まれたばかりの淡い恋が、家の事情や身分という個人の力ではどうにもならない社会の壁に直面します。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
祭りの開催が決まってからというもの、町はまるで熱病に浮かされたような空気に包まれていた。
仕事をしていてもどこか上の空。誰もがそわそわと、祭りの日を指折り数えて待っている。
そんなある日の夕暮れ。
健太は一日の仕事を終えると、道具を片付けるのももどかしく足早に家路についていた。
いや、家路とは逆方向、町の中心にある越後屋へと向かっていた。
偶然を装って彼女の姿をひと目見たい。そんな淡い期待が彼を突き動かしていた。
店の前を通りかかると、ちょうどお花が奉公人の娘と二人で重そうな雨戸を閉めているところだった。
健太は何度も息を吸い込み、心臓が口から飛び出しそうになるのを抑えながら勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの……越後屋のお嬢さん」
お花はびくりと肩を震わせたが、汗だくの作業着姿の健太だと気づくと、驚いたように目を見開き、そしてふわりと微笑んだ。
夕暮れの光が、彼女の横顔を柔らかく照らしている。
「まあ……健太さん」
「仕事の帰りで……。その、祭りの日、お嬢さんも踊られるのかい?」
「はい。町の娘たちと、一緒に踊る約束を。健太さんも?」
「ああ。俺たちも職人仲間で集まって、何かでかいことをやろうって話してるんだ」
他愛のない短い会話。
だが健太にとっては、それだけで天にも昇るような心地だった。彼女が自分の名前を知ってくれていた。それだけで一日分の疲れが吹き飛んでいくようだった。
しかし、その微笑ましい光景を店の奥、帳場に座ったままの鋭い目つきで見ている男がいた。
お花の父親、越後屋の主人・惣兵衛だった。
彼は娘の顔が今まで見たこともないほどに輝いているのを見逃さなかった。そして、その相手がただの大工見習いであることも。
その夜。お花は父親に、帳場へと静かに呼び出された。
昼間の柔和な顔はそこにはなく、商人としての厳しい顔つきで惣兵衛は口を開いた。
「お花。今日、夕刻に話していた男は何者だ」
「……大工の、健太さんでございます」
「ふん。ただの大工見習いが、軽々しくお前に声をかけるとは身の程知らずも甚だしい。祭りだからと浮かれた真似は許さんぞ」
惣兵衛は冷たく言い放った。
「よいか、お前には、同じく西国街道沿いで商いをする尾道の大きな廻船問屋の次男坊との縁談を考えているのだ。これは我ら越後屋の未来を左右する大事な話だ。みだりに素性の知れぬ者と親しくすることは、この父の顔に泥を塗るのと同じと知れ」
父親の言葉は冷たい刃のように、お花の胸に突き刺さった。
新しい町は活気に満ちている。だがその裏側には、決して越えることのできない厳しい身分の壁が確かに存在しているのだ。
お花は唇を強く噛みしめ、畳を見つめたまま黙ってうつむくしかなかった。
あれほど楽しみにしていた祭りが、急に色あせて灰色に見えた。
健太の、汗で汚れた顔。でも、その瞳はどんな侍よりも真っ直ぐで力強かった。
もう、あのようにお話しすることは決して許されないのだろうか。
彼女の心に、冷たい夕立のような悲しい影が落ちた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
江戸時代の封建社会において、身分の違いは現代の私たちが想像する以上に重い意味を持っていました。
特に大きな商家にとって、娘の縁談は家の勢力を拡大するための重要な「商取引」であり、個人の感情が入り込む余地はほとんどなかったのです。
さて、二人の間に立ちはだかる壁。
しかし、「祭り」という非日常が、その分厚い壁に小さな風穴を開けていきます。
次回、「身分を超えて」。
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