桜山の桜、海の向こうの祈り 第4話:絶えかけた桜
作者のかつをです。
第十七章の第4話をお届けします。
今回は、桜山を襲った原因不明の病と、それに立ち向かう親子の苦闘を描きました。
植物も生き物。病にかかり、枯れることもあります。
しかし、そこから蘇ろうとする生命力の強さに、人は希望を見出すのです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
あの初めての航海から数年。
世の中は、源平の争乱によって大きく揺れ動いていた。
平家が滅び、源氏の世となっても、人々の暮らしは落ち着くことはなかった。
そんなある年、桜山に異変が起きた。
春になっても、桜が咲かないのだ。
蕾はつくものの、大きくならずに茶色く枯れ落ちてしまう。
木々の幹には、奇妙な黒い斑点が広がっていた。
「……病だ」
すっかり年老いた吾作が、震える声で言った。
それは、桜を枯らす恐ろしい病だった。
一本の木から始まった病は、またたく間に山全体へと広がっていこうとしていた。
「このままでは、全滅してしまう……」
千吉は、絶望的な気持ちで立ち尽くした。
今年は、厳島へ桜を届けることができないかもしれない。
いや、それどころか、先祖代々守ってきたこの桜山が、自分たちの代で終わってしまうかもしれない。
「諦めるな、千吉」
父が、厳しい声で言った。
「病にかかった枝を、全て切り落とすんだ。健康な部分を残すために、心を鬼にして切るんだ」
それは、身を切るような辛い作業だった。
手塩にかけて育ててきた枝を、自らの手で切り落とさなければならない。
千吉は泣きながら鋸を振るった。
来る日も来る日も、親子は山に入り、病と戦った。
根元に薬草を煎じた水をやり、土を入れ替え、祈るような気持ちで木の世話をした。
だが、病の勢いは止まらない。
村の人々の中には、「これは平家の怨霊の仕業ではないか」と噂する者もいた。
厳島神社を篤く信仰していた平家が滅び、その加護が失われたからだと。
千吉も、心が折れそうになった。
神様は、自分たちを見捨てたのだろうか。
ある夜、千吉は夢を見た。
あの時の神官、定家が夢枕に立ったのだ。
『……千吉よ。桜は、強い。冬の寒さに耐え、病に耐え、それでも春が来れば必ず花を咲かせる。それが桜の、命の力だ。……お前も、信じるのだ。お前たちの、愛した桜を』
定家は優しく微笑むと、すっと消えていった。
ハッとして目を覚ますと、窓の外は白々と明け始めていた。
千吉は、突き動かされるように山へと走った。
一番高い場所にある、あのご神木とも呼べる古木。
その枝先に、小さな、本当に小さなピンク色の点が、一つだけ見えた。
咲いていた。
病に侵されながらも、その木は最後の一滴まで命を振り絞り、一輪の花を咲かせていたのだ。
「……父ちゃん! 咲いたよ! 咲いた!」
千吉の叫び声が、朝の山にこだました。
それは、絶望の淵で見つけた、希望の灯火だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
桜は日本人の心に深く根付いた花ですが、同時に病害虫に弱く、手入れが難しい木でもあります。
「桜守」という仕事は、まさに木々の命と向き合う、厳しくも尊い仕事なのです。
さて、奇跡的に咲いた一輪の花。
その命は、未来へと繋がっていきます。
いよいよ第十七章、感動の最終話です。
次回、「春は必ず来る(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




