満願寺の龍、天に昇る 第5話:恵みの川(終)
作者のかつをです。
第十六章の最終話です。
一人の若き領主の祈りがいかにして土地を潤し、そしてその想いが伝説となって現代の私たちに受け継がれているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
龍神との対話を終え、山を下りた毅景。
彼の顔つきは以前とは比べものにならないほど、自信と威厳に満ちあふれていた。
彼はただ雨を降らせただけの幸運な領主ではなかった。
この土地の神と直接言葉を交わし、その守護を約束された選ばれし者。
その自覚が彼を、一回りも二回りも大きく成長させていた。
彼はその後、領主として見事な手腕を発揮する。
龍神の泉から流れる水を巧みに利用し、領内の田畑を潤す灌漑設備を整えた。
おかげでこの小早川の庄は、二度と深刻な水不足に悩まされることはなくなったという。
そして彼は領民たちに、常に説いて回った。
自然への感謝を忘れてはならない、と。
目に見えない存在への畏敬の念を、失ってはならない、と。
その教えは小早川家の家風として、代々受け継がれていった。
やがて彼らが山の庄園から海へと進出し、あの三原城を築く時代になっても。
その根底には常に、自然と共存するという初代・毅景の精神が流れていたのかもしれない。
……それから千年の時が流れた。
毅景も龍神の娘も、もはや誰の記憶にもない遠い伝説の中の人物となった。
だが彼らが遺したものは、今も確かにこの土地に息づいている。
満願寺の裏山にこんこんと湧き続ける龍神の泉。
そしてその泉を源流として、豊かな恵みをもたらし続ける芦田川の清らかな流れ。
◇
……現代。満願寺。
ハイキング姿の家族連れが龍王社の祠の前で足を止め、その由来を書いた説明板を読んでいる。
「父さん、昔ここに本当に龍がいたの?」
小さな男の子が不思議そうに尋ねる。
父親は少し困ったように笑いながら答えた。
「さあ、どうだろうな。……でもな昔の人はこの綺麗な水がいつまでも湧き続けるようにって、龍神様に一生懸命お祈りしたんだ。……そのおかげで今もこうして俺たちは美味しい水を飲むことができる。……だから俺たちもこの水と自然を大切にしなきゃいけないんだぜ」
男の子は分かったような、分からないような顔で頷いている。
伝説はただのおとぎ話ではない。
そこには先人たちが未来に生きる私たちに伝えたかった、大切なメッセージが込められている。
その声なき声に耳を澄ませること。
その時私たちは初めて歴史と対話し、そして自らが受け継ぐべきものの重さを知るのかもしれない。
祠の奥でせせらぎの音が、まるで遠い昔の龍神のささやきのように静かに響いていた。
(第十六章:満願寺の龍、天に昇る 了)
第十六章「満願寺の龍、天に昇る」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
満願寺の龍王社は今も地元の人々に篤く信仰されています。
伝説の真偽はともかく、そこには水を大切にしてきた先人たちの確かな想いが息づいているのです。
さて、神秘的な伝説の物語でした。
次回は舞台を少し下し平安から鎌倉へ。
この土地のもう一つの美しい風景の裏側に隠された、祈りの物語に光を当てます。
次回から、新章が始まります。
第十七章:厳島からの使い ~桜山の桜、海の向こうの祈り~
三原の桜の名所、桜山。
その桜が実は海の向こう、あの世界遺産・厳島神社と深い関わりがあったという説。
神に捧げる桜を守り続けた、名もなき一族の物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十七章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




