満願寺の龍、天に昇る 第4話:三日三晩の雨
作者のかつをです。
第十六章の第4話、物語のクライマックスです。
今回は雨乞いを成し遂げた主人公・毅景が、再びあの謎の娘と出会いその正体と神々の世界の理を知る、幻想的な場面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
雨は三日三晩降り続いた。
それはただ大地を潤すだけの雨ではなかった。
人々の心に溜まっていた不安や絶望を、全て洗い流していくような浄化の雨だった。
枯れていた川は再び豊かな流れを取り戻し、田畑は命の水を吸い込んで生き返っていく。
村々には久しぶりに人々の明るい笑い声が戻ってきた。
満願寺の裏山に湧き出た泉は「龍神の泉」と呼ばれるようになり、人々はその周りに新しく立派な祠を建て龍神への感謝の祈りを捧げた。
それが現在の「龍王社」の始まりである。
領主・毅景は領民たちから神のように崇められた。
だが彼の心は晴れなかった。
あの不思議な娘のことが気になっていたのだ。
彼女は一体誰だったのか。
そしてあの言葉の意味は、何だったのか。
雨が上がった四日目の夜。
毅景は再び一人あの祠へと向かった。
泉は月明かりの下で神秘的な輝きを放ちながら、こんこんと水を湧き出させている。
「……礼を言うぞ」
毅景が泉に向かって静かに語りかける。
「そなたのおかげで民は救われた。……わしの命などいつでも差し出す。……だがその前にそなたの正体を教えてはくれまいか」
すると穏やかだった泉の水面がにわかに波立ち、その中心からまばゆい光が立ち上った。
光の中から現れたのは、あの美しい娘だった。
だがその姿は以前とは違っていた。
その背後には巨大な龍の幻影がとぐろを巻いていた。
「……わらわはこの山の水脈に宿る龍神の化身」
娘は荘厳な響きを持つ声で告げた。
「……日照りでわが力は弱まり、もはや身動き一つ取れぬ状態であった。……じゃがそなたの純粋な祈りと民を思う心が、わが力を呼び覚ましてくれた。……礼を言うのはわらわの方じゃ」
毅景は驚きもせず、ただ静かにその言葉を聞いていた。
心のどこかでそうではないかと、思っていたのだ。
「龍神様。……ならばなぜあなたはあれほど苦しんでおられたのか。……あなたは神ではないのですか」
その問いに龍神は、少し寂しそうに微笑んだ。
「……わらわたち神もまた万能ではない。……人の信仰があってこそわらわたちは力を保つことができる。……人々がわらわの存在を忘れ祈りを捧げなくなった時、わらわの力は弱まる。……この日照りもまた、人の心の乾きが招いたものやもしれぬ」
その言葉は毅景の胸に、深く突き刺さった。
「……ではわしはこれからどうすれば」
「……これまでと変わらず民を慈しみ、この土地を愛せばよい。……そして時折わらわのことを思い出してくれればそれでよい。……わらわはこの泉と共に、永遠にこの土地を見守り続けよう」
龍神はそう言うと、再び強い光を放った。
「……さらばじゃ、若き人の子よ。……そなたの一族の未来に幸多かれと祈ろう」
光が消えた時、そこに娘の姿はもうなかった。
ただ泉の水面が月の光を反射して、静かに揺れているだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
神と人との関係。
それは一方的な信仰ではなく互いに影響を与え合う共存関係であるという考え方。
アニミズム的な日本の古い信仰の形を、物語に取り入れてみました。
さて、龍神との対話を終えた毅景。
彼が得たものとは何だったのでしょうか。
いよいよ第十六章、感動の最終話です。
次回、「恵みの川(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




