満願寺の龍、天に昇る 第3話:龍神の祠
作者のかつをです。
第十六章の第3話、物語のクライマックスです。
今回は領主と領民が心を一つにして奇跡を起こす、感動的な場面を描きました。
主人公・毅景の自己犠牲の精神が、ついに天を動かします。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
毅景の命令は、館の中で大きな波紋を呼んだ。
「殿はご乱心されたのか!」
「ただでさえ飢饉で民が疲弊しておるこの時に、無益な土木工事など!」
家臣たちのほとんどは反対した。
山の中に泉があるなどという確証はどこにもない。
夢か幻か分からぬ女の言葉を信じるなど、正気の沙汰ではないと。
だが毅景の決意は固かった。
「……わしは信じる。……いや信じたいのだ。……これはこの土地の主としての、わしの最後の務めかもしれん。……もしこれで泉が出ず雨も降らぬのなら、その時はわしはこの腹を切って民に詫びる所存よ」
そのあまりにも悲壮な覚悟に、家臣たちはもう何も言うことができなかった。
翌日から工事は始まった。
領主自らが鍬を手に土を掘る。
その姿に最初は訝しげに見ていた領民たちも、一人また一人とその手伝いに加わるようになった。
皆飢えで痩せこけ、その手には力がない。
だが彼らの目には光があった。
殿が自分たちのためにここまでしてくださる。
その想いに応えたい。
いつしか満願寺の裏山には数百人もの人々が集まり、皆心を一つにして土を掘り続けていた。
しかし現実は厳しかった。
何日掘っても乾いた赤土と、硬い岩盤が出てくるだけ。
水の気配などどこにも感じられない。
人々の間に再び諦めの空気が流れ始めた頃。
その日も毅景は先頭に立ち、黙々と土を掘っていた。
カンという硬い音と共に、彼の鍬の先が何か硬いものに当たった。
「……これは?」
皆でその周りを掘り進めていく。
やがて姿を現したのは、巨大な一枚岩だった。
そしてその岩の表面には、奇妙な模様が刻まれていた。
それはまるで巨大な蛇、いや龍の鱗のようだった。
「……龍神様……」
誰かが畏敬の念を込めて呟いた。
人々はその岩の周りにひざまずき、祈りを捧げた。
毅景も泥だらけの額を地にこすりつけ、必死に祈った。
「龍神様。……我らの力が足りぬのなら。……どうかこのわしの命と引き換えに。……この民に水を……」
その時だった。
ピシッという小さな音と共に、あの巨大な一枚岩に一筋の亀裂が走ったのは。
そしてその亀裂の隙間から、信じられないものが滲み出してきた。
水だった。
最初はほんの僅かな雫。
だがそれはやがて細い糸となり、そしてこんこんと湧き出る豊かな泉となって乾ききった大地を潤し始めたのだ。
「水だ! 水が出たぞ!」
地鳴りのような歓声が山にこだました。
人々は泣き笑い、その奇跡の水を手にすくい貪るように飲んだ。
毅景もその場にへたり込み、ただ天を仰いでいた。
彼の純粋な祈りは、確かに届いたのだ。
そして奇跡はまだ終わらなかった。
あれほど晴れ渡っていた空ににわかに黒い雲が集まり始め、雷鳴が轟き渡った。
ゴロゴロゴロ……
天が割れるかのような轟音と共に、大粒の雨が乾ききった大地を叩き始めた。
恵みの雨だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
日本各地の雨乞い伝説には領主や巫女が自らの命を捧げることで雨を降らせたという物語が、数多く残されています。
それほど水は人々にとって、命そのものだったのです。
さて、ついに恵みの雨をもたらした毅景。
しかし物語にはまだ続きがあります。
あの謎の娘の正体とは。
次回、「三日三晩の雨」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




