満願寺の龍、天に昇る 第1話:日照りの村
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第十六章「満願寺の龍、天に昇る」の連載を開始します。
舞台は平安時代。
三原市の北部に今も残る雨乞いの伝説をテーマにした、和風ファンタジーです。
自然への畏敬の念が篤かった古代の人々の心象風景を描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市大和町。
山々に囲まれたのどかなこの土地に、満願寺という古い寺がある。
その裏山には「龍王社」と呼ばれる小さな祠がひっそりと祀られている。
この祠には遠い平安の昔、日照りに苦しむ人々を救うため一人の若き領主がその身を捧げて龍神に祈りを捧げたという伝説が残されている。
これはまだ武士という存在が生まれたばかりの時代。
自然の猛威の前ではあまりにも無力だった人々の切実な祈りと、それに応えた龍神との神秘的な交流の物語である。
◇
平安時代中期。
この芦田川の上流一帯は、小早川の庄と呼ばれていた。
その領主は小早川毅景。
後の世にあの小早川一族の祖と仰がれることになる、若き武士だった。
その年の夏は異常だった。
幾月も雨が一滴も降らず大地は乾ききり、白い亀裂を晒していた。
田んぼの稲は黄色く枯れ、人々が頼りにする芦田川も見る影もなく痩せ細っていた。
村々には飢饉の影が忍び寄り、老人や子供たちが次々と病に倒れていく。
「……殿。どうか我らを、お救いくだされ」
毅景の館には毎日領民たちが押し寄せ、涙ながらに訴えた。
毅景はまだ若かった。
京の都で貴族に仕えていた頃は歌を詠み、蹴鞠に興じる雅な暮らしを送っていた。
だが父の跡を継ぎこの辺鄙な土地の領主となって初めて、彼は厳しい現実に直面していた。
領民を守ること。
それがこの土地の主としての務め。
彼は私財をなげうち蓄えていた米を放出し、領民たちに分け与えた。
だがそれも焼け石に水。
天が恵みの雨を降らせてくれぬ限り、根本的な解決にはならない。
神官を呼び雨乞いの祈祷をさせても、空はただ青く澄み渡るばかり。
「……わしは無力だ」
毅景は自らの不甲斐なさに、唇を噛みしめた。
そんなある夜。
彼は館を抜け出し、一人馬を走らせていた。
あてもなく領内を彷徨ううち、彼はいつしか満願寺の裏山へとたどり着いていた。
月明かりの下、彼は古びた祠が一つぽつんと佇んでいるのを見つけた。
「……あれは?」
供の者に尋ねると、それは古来よりこの山の水を司る龍神を祀った祠なのだという。
だが今では訪れる者もほとんどいない、忘れられた社だと。
龍神。
その言葉に毅景の心は動いた。
もはや人の力ではどうにもならぬのなら。
神仏に、いやこの土地の古き神にすがるしかない。
彼はその場で馬から下りると祠の前にひざまずき、静かに手を合わせた。
その背後で月が雲に隠れ、生暖かい風がざわと木々を揺らした。
まるで何者かが彼の祈りに、耳を傾けているかのようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十六章、第一話いかがでしたでしょうか。
小早川氏の初代・毅景は平安時代後期の人物です。
彼がこの芦田川上流域の荘園の地頭として赴任したことが、後の小早川一族の発展の礎となりました。
さて、絶望的な状況の中で古き神に祈りを捧げることを決意した、若き領主・毅景。
彼の純粋な想いは天に届くのでしょうか。
次回、「若き領主の祈り」。
ブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです!




