筆影の巨人、海を渡る 第4話:巨人が遺したもの(終)
作者のかつをです。
第十五章の最終話です。
一人の巨人の壮大な創世の物語。
そしてその記憶がいかにして土地の名となり伝説となり、現代の私たちに繋がっているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
人間として生まれ変わった巨人は人々の間で英雄として尊敬を集め、穏やかな日々を送っていた。
だが、ある時から彼の心に再び落ち着かない想いが芽生え始めた。
「……行かなければならない」
どこへ? なぜ?
分からない。
だが彼の魂が海の向こう、まだ見ぬ新しい世界へと旅立つことを強く求めているのだ。
人々は彼の旅立ちを悲しんだ。
だが彼の決意が固いことを知ると、皆で彼のために一艘の立派な船を造った。
出発の日。
浜辺には彼を慕う全ての人々が集まり、別れを惜しんだ。
「……達者でな。わしは行く。だがわしの魂は、永遠にこの山と共にある」
青年はそう言うと自らが生まれ変わったあの寝仏の山を一度だけ振り返り、そして船に乗り込んだ。
船はゆっくりと沖へと出ていく。
その時だった。
彼が振り返った山の稜線が夕日に照らされ、その影がまるで巨大な筆の穂先のように長く長く海面に伸びていた。
「……筆影……」
船の上で誰かがそう呟いた。
人々はその神々しいまでの光景を忘れるまいと、その山を「筆影山」と名付けた。
そして彼が海を渡っていった英雄の物語と共に、その名を永く永く語り継いでいった。
……巨人が去った後も人々は豊かに暮らした。
彼が遺してくれた知恵と、そして何よりも広い世界への憧れの心。
それがこの土地の人々を、海と共に生きる海洋の民へと育てていったのかもしれない。
◇
……現代。筆影山。
山頂の展望台には一つの石碑が立っている。
そこにはこの山にまつわる巨人の伝説が記されている。
訪れる人のほとんどは、それをただのおとぎ話として気にも留めずに通り過ぎていく。
しかし、もしあなたがその石碑の前で静かに目を閉じれば。
聞こえてくるかもしれない。
まだ何もない海にたった一人で立ち、孤独と戦いながらもこの美しい風景を創り上げ、そして人間を愛し、最後は海を渡っていった、名もなき一人の巨人の壮大でそして少しだけ切ない魂の声が。
彼が遺した物語は今もこの山の稜線に、この海のさざ波に、確かに息づいているのだ。
(第十五章:筆影の巨人、海を渡る 了)
第十五章「筆影の巨人、海を渡る」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
筆影山の美しい風景には、こんなロマンあふれる伝説が眠っていました。
この物語を読んで少しでも興味を持たれた方は、ぜひあの山頂からの絶景を眺めてみてはいかがでしょうか。
さて、神話の時代の物語でした。
次回は時代を少し下して平安の世へ。
この土地の人々の暮らしを脅かす自然の猛威と、それに立ち向かった若き領主の祈りの物語です。
次回から、新章が始まります。
第十六章:満願寺の龍、天に昇る
日照りに苦しむ人々を救うため若き領主が龍神に祈りを捧げたという伝説。
人と人ならざる者との交流を描く、和風ファンタジーです。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十六章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




