要らぬ正義を閉ざして
夕方、喫茶店の窓際の席に座って、私はただ向かいの相手を眺めていた。
カップの縁に口をつけては置き、置いてはまた手を伸ばす。その落ち着かない仕草が、この人の癖のように思えた。
言葉を交わす前から、今日の会話がどういう流れになるかは、もう分かっていた。
案の定、彼は誰かの話を持ち出した。
その人はこう言った、ああした、それは筋が通らない、だからおかしい──そんなふうに彼は言う。
言葉の端々に、淡い苛立ちが混ざっている。
私はただ黙って、目の前のスプーンを指先で回していた。
けれど、聞いていると、ふと胸の奥に小さな笑いが浮かんだ。
なぜなら、彼が批判していることは、彼自身も日常的にやっていることだったからだ。
思い出せば、先週も、先月も、何度か同じような場面があった。
言ったこととやったことが食い違う。
昨日の主張が今日の彼によって裏切られている。
それは悪気があってではなく、彼の中ではごく自然に起きている矛盾だった。
私はそれを責める気にはなれなかった。
むしろ、それが人間らしいと思った。
自分の中に別々の声を抱えていること。
時と場面によって、優先するものが変わってしまうこと。
それはきっと私自身にもある。
いや、間違いなくある。
だから、彼が誰かを矛盾だと指摘しているこの瞬間にすら、私の頭の中には二つの声があった。
一つは、「それを言うなら、あなたも同じでしょう」という声。
もう一つは、「それでも今、あなたはそう感じているのだね」という声。
どちらも消すことはできなかった。
どちらも本当だった。
そして、その両方を抱えたまま、私は小さく笑った。
彼は怪訝そうに私を見たが、私はただ視線をそらして、コーヒーを一口飲んだ。
口の中に広がる苦みと温かさが、不思議と心を落ち着けた。
私はそこで、ほんの少しだけ息を整えて、やわらかい声で言った。
──その言葉は、彼にとってはただの同意に聞こえたかもしれない。
けれど、私の中では、それは少し違う意味を持っていた。
それは、彼を肯定しながらも、彼の矛盾を知っているということ。
そして、その矛盾を責めないという選択だった。
だから私は、今日もその一言で会話を終わらせた。
それは、誰の勝ちでも負けでもない、小さな平和のための言葉だった。