待合室
駅でも病院でもない。どこでもない場所の待合室。
椅子が三つ。真ん中に私が座っている。いや、座っているという表現は正しくない。ただ、そこにいる。
左の椅子には、さっきまで誰かがいた痕跡がある。座面のわずかなへこみ、かすかな温度。でも誰だったかは思い出せない。思い出す必要もない。
右の椅子は、これから誰かが来る予定。でも急いでいない。来るかもしれないし、来ないかもしれない。
私は待っている。何を?それも決まっていない。
窓の外は真っ白。雪でも霧でもなく、ただの白。時計はあるけれど、針は動かない。動く必要がないから。
ふと、自分の手を見る。
手?
そんなものはない。でも、あるような気がする。
待合室にBGMが流れ始めた。知らない曲。でも懐かしい。未来の思い出、という言葉が浮かぶ。
左の椅子のへこみが、少しずつ戻っていく。
右の椅子が、かすかに震える。
私は立ち上がる。立ち上がらない。どちらでもある。
扉が開く音。
でも扉はない。
「次の方どうぞ」
声の主もいない。
私は歩き出す。どこへ?
行き先は歩きながら生まれる。
待合室を出ると、また待合室。
でも違う待合室。
椅子の配置が少し変わっている。
今度は私が左の椅子に座る。
真ん中には、別の私がいる。まだ名前のない私。
私たちは会話をしない。
する必要がない。
ただ、一緒に待つ。
やがて、右の椅子に誰かが現れるだろう。
それまで、ここにいる。
待つことは、存在すること。
急がない時間の中で、私は私になっていく。