表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

海岸線の攻防

 王都ディルゴーンは、海にも面している。

 交易の側面もあるが、保養としての意味合いが強くなっている。

 他国からの侵攻を防ぐための防衛機能もあるようだが、平和な日常に人々はそれを忘れてしまっているほどだ。

 砂浜は白く輝き、細かな粒子は裸足を心地よくくすぐる。確かに、平和の感触だ。

 気温としては少し汗ばむくらいで、海水浴、日光浴に洒落込む人たちもちらほら。

「水着ばっかり見ちゃって、ユーイチってほんと、スケベだよね」

「だから、誤解を招くようなことを言うな!」

 あらぬ疑いをかけるのは、砂浜に似つかわしくない軽鎧を身に着けた、赤髪の弾ける美少女剣士・リオンだ。

「あまり男の人のことはわかりませんが、それが健全なのではないでしょうか」

 フォローになっているかわからないフォローをしてくれるのは、同じく軽鎧を身に着けた、銀髪の輝く美麗剣士・キュラだ。

 間違っても二人ともビキニアーマーということは無く、いたって実用的だ。

「……気を取り直して、ランニングから始めるぞ」

 俺たちは、自主練をともにするようになった。

 もともとリオンとは一緒に訓練していたので、それにキュラが加わった形になる。

 誘ったのはリオンだった。剣を交えてすでに親友の領域なのだろう、切磋琢磨の輪に招き入れたのだ。

 カルドフ陣営に籍を置くため最初は遠慮していたキュラだったが、向上心を建て前に参加の意思を固めた。俺も当然ウェルカムだ。

 魔法・剣技トーナメントという一大イベント後のしばしの休校日。

 ここ数日、俺たちは足場の悪い砂浜を選んで基礎力アップに努めている。鉄下駄をはけば昭和の風が吹くかもしれないが、ここは年号という概念が無い異世界だ。割愛する。

 ≪剣道三段『指導』≫を惜しげもなくキュラに披露する。

 もともと基礎が出来ている彼女には自己流で育ったリオンほどの効果は得られなかったが、それでも伸びしろは十分だった。

 リオンに対しても、これ以上は力になれそうに無いと思っていたが『指導』がスキルアップした影響で能力向上の上乗せが実現した。

 パワーアップに次ぐパワーアップ。もう彼女たちには剣技で敵うことは無いだろう。

 準備体操を済ませ、愚直に走り込む。その最中は多少余裕があり、雑談に花が咲く。

 決まって切り込み隊長はリオンだ。

「それにしても、どうにかならないのかな」

「またその話か? もう終わったことだろ」

「だけどさぁ……ユーイチが退学にさせられちゃうなんてさ、やっぱり納得できないよ」

 ——エキシビジョンマッチの後、いけ好かないヤツにお灸をすえられたことに満足してその場を去った俺とリオン。

 翌日、学園の掲示板には、俺の退学処分がデカデカと掲げられていた。

 経緯としては、こうだ。

 プライドをとことんまで傷つけられた貴族が、俺の『能力』を「黒魔法」と言い張り、禁忌を犯した人間に仕立て上げたのだ。

 規格外の『能力』は、「黒魔法」でないとするには説得力が弱く、知らない間に異端者扱いになってしまった。

 リオンやキュラが抗議をしてくれたが、彼女たちに迷惑が及ぶのを避けるためにもそのお達しに素直に従った。

 「名門」貴族に頭が上がらない学園にも嫌気がさしていたし、思ったよりも未練は無かった。

 砂浜にザッザッザッという足音がリズミカルに奏でられる。

「俺だって納得はできない。推薦してくれたゾフィーさんにも顔向けできない……けど、そういう世界だから仕方ないんだろうな」

「ユーイチ様、本当に申し訳ありませんでした……」

「キュラが謝ることじゃないよ。それに『様』付けで呼ぶのもやめよう。さて、この話は不毛。おしまいだ」

 ……そんな学園でも、彼女たちにとっては身を立てるための手段になり得る。そこは大事にしてほしい。

 俺は別の方法で自分の居場所を見つけることにする。

 彼女たちの指導者としては立場が薄くなっているし、具体策はおいおい考えるとして……。


 ——ウーウーウー!


 けたたましい、いわゆるサイレンの音が響き渡った。

 自然と足は止まり、リオンは耳を押さえて辺りを見渡す。

「なんの音!? 災害!?」

「いや、天気もいいし、地震も無かったはずだ。いたって平和に見えるが……」

 そうは言いつつ、同じ音を聞いた人たちがそそくさと手じまいして海から離れていく。

 人食いサメの映画を思い出す。海にも凶悪なモンスターがいるのだろうか。

 答えは違ったようで、キュラが指さす。

「見てください、あそこ!」

 その先には、遠くでもわかるほど大きな船の一群——艦隊といってもいいかもしれない——が、迫ってきている。

 それでサイレンが鳴ったとすれば、

「敵襲ってことか……!?」

『敵国からの侵攻あり、敵国からの侵攻あり! 繰り返す、敵国からの侵攻あり! 直ちに避難せよ!』

 避難勧告が答え合わせになった。

 学園で受けた数少ない授業には、王都の歴史も含まれていた。その教えでは、富国強兵の効果もあってか、直近数十年は他国が乗り込んでくるようなことは無かったそうだ。

 俺としてはそのせいで平和ボケした権威主義の貴族がはびこる結果になったような気もしていたが、それはそれでぜいたくな悩みなのだろうと飲み込んで済ませていた。

ここにきて均衡が破られたのか? 

≪防災士≫の資格を持つ人間としては、自然災害ではないものの体が動いてしまう。

「とにかく、避難を手伝おう!」

 艦隊の進行方向からすると少し離れた浅瀬に着岸しそうであり、そこから距離をとるのが最善だ。

 混乱する人たちを誘導しつつ、疑問が湧き上がる。

 防衛機能もあるとは聞いているが、少なくとも大砲や詰め所などのノット・ウェルカムな代物は見当たらない。

 どう対応するつもりなんだろうか。それとも、防衛とは眉唾なのだろうか。

 ……距離を詰めるのが最善のようだ。

「ここは任せた!」

「ちょっと、ユーイチ!?」

 渦中になりそうな現場へ急いだ。こうなると砂浜は無駄に足を引っ張り煩わしい。


 船の数は大小のばらつきはあれど、ざっと五十隻はあった。もうすぐそれらが領土に踏み入れようとしている。一隻あたりに数十人乗っているとすれば、敵の数は千人以上。

 王都の防衛力は、騎士団・魔術師団を筆頭に、ピラミッド式の力関係がある。

 末端まで入れれば千人は敵ではないが、それはあくまでも数の話だ。

 戦車一台と兵士百人だったらどちらが有利だろうか。質として敵わなければ意味が無い。

 危惧するのは、魔法や剣技が一定の地位を持つ世界だということだ。極端な『能力』を持った人間がいれば、簡単に戦況はひっくり返されてしまうだろう。

 ……極端な『能力』、それならば、俺もそれを持つ一人だ。

 息を切らしながらたどり着いた場所は、目標の浅瀬。

 予想が当たったようで、そこで待ち構えていると自分に向かって艦隊が向かってくるような構図になる。

(一番乗りのようだが……二番が来る様子もないぞ)

 リオンとキュラは仕方ない。避難誘導を優先するように指示を出したからだ。

 王都直属のなんとやらは、姿を見せる兆しもない。

「……仕方ない」

 相手の顔を見る前に恐縮だが、こちらも広範囲の攻撃は時間を要するため、カルドフ戦同様に前もって『警報』を唱えておく。

「≪気象予報士『波浪警報』≫!」

 徐々に風が荒々しさを増していく。これに背中を押されて波はうねり、高さを加え、艦隊に襲い掛かろうとする。

 見ているだけでも酔いそうだが、船は逆風・逆波に立ち向かい、着実にこちらに向かってきてしまう。

 ともすれば数百人規模で命を奪ってしまう行為にためらいがあったのは確かだ。そのためらいが、付け入る隙を与えてしまったようだ。

「これでも足らないのか……気が引けるが……≪気象予報士『雷雨警報』≫!」

 視界を奪い、精神的にさらに追い詰める作戦だ。海岸線までは≪自然の猛威≫が振るわない程度に境を設けさせてもらってている。ちょうど海上のみ、嵐に見舞われる形だ。

 あわよくば、これで踵を返してくれれば……。

 高波と合わさり、船にとってこの気候は致命的だった。目論見通り、進むべき方向を失って隊列が乱れている。

 これで少なくとも時間稼ぎはできる。

 その間に、一般人の避難と、さすがに王都の防衛ラインも整ってきてほしい。

 いったん状況の確認をする。

 耳に手を当て、遠くの音を捕まえるようにしてリオンの周波数に合わせる。

「リオン、聞こえるか?」

『うん、聞こえるよ。こっちは避難誘導が済んだところだよ。船は追い返せたみたいだね。ここからでもわかるよ、さすがユーイチ』

「いや、そうなればいいが、追い返すまではいっていないかもしれない」 

≪総合無線通信士≫。無線通信のスペシャリストだ。この資格を使うと、この世界では電話のように会話ができる。事前のシミュレーションで実証済みだ。

 キュラにも周波数を合わせれば、複数人の会話も可能だ。

『ユーイチ様、われわれもそちらに向かいます』

 「様」付けで呼ぶのを注意したのに、変わらず持ち上げられてしまう。

「それが無駄足になることを期待したいが……ん?」

 一隻の船がこの悪天候から抜け出した。

 逆風を追い風に変えるような航海術があるのだろうか、目を回す他の船たちを置いてきぼりにしてこちらに向かってくる。

 追加の≪気象予報≫をしなければ……そう構えた瞬間、

「がっ……!?」

 後方から予想だにしない衝撃を受けた。背中に走る激痛に、膝から崩れ落ちる。

 火傷……? この熱量は記憶にある。

 うつ伏せで倒れて狭くなった視界に、あの男が映りこむ。

「カルドフ……! なんで……」

「クソムシが、手柄を独り占めしやがって」

 従者を数人引き連れ、俺が退学になる原因を作った犯人が手の平に得意の火球を浮かべながらニヤニヤとしている。

 目の前の敵に集中していたら、まさか後ろから予期せぬ存在に襲われるなんて。

 油断というよりは発想に無かった。防御も取れず、直撃を受けてこのざまだ。

 機嫌を良くしたカルドフは語りが止まらない。

「忌々しいカミナリ雲が立ち込めてると思ったらその元凶もいるんだから、振り払わざるを得ないだろう? のんきに正義ぶりやがって。てめぇはここで眠ってろ……できれば一生、な!」

「ぐ…ぁっ……!」

 背中の傷に対してためらいも無く、無慈悲な踏みにじりが繰り出される。

「さて、クソムシのおかげで敵は絞られたみたいだしな、それだけは礼を言うぜ。あとは虫は虫らしく残念ながら踏みつぶされてくれれば、なおよし、ハハハ」

 まともではないと思っていたが、狂っている。この理不尽さも、行動原理は単純、武功を立てて自分を上げ、邪魔な人間をついでに消す、ということらしい。全く理解はできない。

 意識が飛びそうになるのを背中の鋭痛が邪魔をする。そんな不思議な感覚に何とか正気を保ちつつ、

「リオン、キュラ……カルドフがいる、気を付けろ……」 

 ……伝わっただろうか。

「何をぼそぼそ言ってやがるんだ。悪あがきしようもんなら、今すぐとどめを刺してやるからな。せっかくだから苦しみながら楽しみにして待ってろよ」

 カルドフは俺の脇腹を足蹴にしてから本来の敵の方に向き直った。声にならない声で悶えつつ、こちらもたまたま海の方に視線が向く体勢となった。

 ……到着してしまった。

 船は近づいてみると、思っていたよりも大きい。

 想像通り数十人は乗り込んでいたようで、着岸作業を終えるといかにもな戦闘員が複数人湧き出てくる。

「ファイアーボール!」

 賢明な判断かもしれないが、先方の準備が整う前に先制攻撃を仕掛けるカルドフ陣営。

 従者はおそらく手練れの魔術師で、カルドフに準じるほどの魔法を繰り出している。そして、屈強な騎士達も陣営に携えて攻撃に参加しようとしている。

 海岸に似つかわしくない煙が、炎魔法によって立ち込める。

 こういう時に遠慮のない人間は強いのかもしれない。煙の奥で悲鳴のような声が聞こえる。

 悔しいが、カルドフも平均以上の才能を持ち合わせている。

 脅威が去ってくれるのであれば、いけ好かないヤツでも頼ってしまってよいのだろうか。

 葛藤にさいなまれつつ、急展開を見せた。

気付いた時には、悲鳴の主がカルドフ陣営に変わったのだ。

「ぐぁ!」「うぁっ……!」「ぁが!」

 カルドフの従者をいとも簡単になぎ倒す、まるで一陣の風。

 何が起きたかもわからずに呆然とするカルドフ。

 彼の目の前に余裕しゃくしゃくで巨剣を担ぐのは、二メートルもあるであろう大男だった。

「思ったよりも手ごたえねぇな。雷魔法で力尽きたか?」

 重くのしかかる様な低い声が、余計にカルドフを怯ませる。

「……ぁ……ぁ」

 いつも自信満々な人間が震えている。本能に語りかける恐怖を、大男は持ち合わせている。

「ん? お前が大将か? それにしては弱っちそうだ、な!」

 残りの従者が勇敢にも切りかかろうとするが、大男はカルドフに狙いを定めたままノールックでそれを振り払い、何の足かせにもならない。

 ……血の海が広がるだけだ。

 肝心の大将は大男に気圧され、従者の悲惨な姿に未来の自分を重ねている。

「……クソ、……クソ、……クソォッ!」

「お、威勢が出てきたな」

「ファイアーボ——」

 次の瞬間、魔法を唱えようと構えていたはずのカルドフの右腕が宙を舞った。

「……おせぇよ」

「ぁぁぁあああああ!!! 俺の腕がぁぁぁっっ!!!」

 吹き出す血しぶきを残された左腕で必死に押さえながら、悶え、のたうち回る。

「よく見れば貴族だもんな、てめぇを人質にして突き進んでもいいが……くたばるのが早いか?」

 これが戦争なのだろうか。命のやり取りが簡単に行われる、見たことも無い世界。

 非情な心の持ち主も、簡単に弱者に変わり得る。

 ……俺が中途半端に堰き止めていたばかりに。

 俺は息を潜めるというよりは、瀕死なことも合わせてその迫力に息を潜めさせられている。

 カルドフの断末魔が響く中、船からは大男の仲間がぞろぞろと踏みだしてきている。

 黙っているわけにはいかない。

「リオン、キュラ、こっちにはくるな、化け物がいる……!」

「……んん?」

 大男が振り返る。

 俺の声に気付いたのだろうか、それなら仕方ない、悪あがきをするしか……と、

「お待たせ!」「お待たせしました!」

 ここには現れて欲しくなかった二人が、船員たちをなぎ倒しながら登場した。

 あっという間に殲滅し、大男と対峙するに至った。

「へぇ、嬢ちゃんたち、やるねぇ」

「ユーイチ!? カルドフ!?」「カルドフ様!? ユーイチ様!?」

 異様な光景に現況を把握した二人は、大男に構わずに駆け寄ってくる。

「ユーイチ、大丈夫!?」

 リオンが泣きそうになりながらのぞき込んでくる。歯を食いしばって精一杯うなずく。

「『フローズン』!」

 一方で、キュラはカルドフの腕の切断面に氷魔法をかけ、止血および保存処置を施す。

 カルドフはそれによる安堵なのか、それとも貧血のせいなのか、意識を失い途端に静かになる。

 他の従者も重傷に違いなく、トリアージよろしくダメージの程度に応じて順繰りに氷魔法が施されていく。

 次いで、こちらにもやわらかな冷気の魔法が当たり、心なしか痛みが和らいだような気がした。

 駆け付けた二人が応急処置にてんやわんやの中、大男は邪魔立てせず、不気味に静観している。

 体が少し楽になった今、心配なのは余計に彼女たちの方だ。

「二人とも、ここから逃げるんだ! あの大男ひとりでこの惨事だ、二人までそうなる必要はない!」

「ごめん、ユーイチ。駆け付ける前の忠告も聞こえてたし、ここに来たらなおさら引けないよ」

「私もリオン様と同じです」

 リオンとキュラは、自分たちよりもふた回り大きい怪物に、臆すことなく立ち向かう姿勢だ。

 大男は楽しそうに見下ろす。

「よく見れば俺がやったんじゃないヤツも混じってるが……へへへ、優しい世界だねぇ」

 リオンが大剣を彼に向ける。

「おじさんも優しいね、私たちを待っててくれて」

「おじさん? 嬢ちゃんたちからすれば確かにそうかもしれねぇが……グルドアガルマってぇ名前だ。傭兵歴十年のまだ若造だぜ?」

 キュラも氷を纏った長剣を構える。

「戦地で十年も前線に立てるのは、並大抵のことではありません」

「褒めてくれてありがとよ。嬢ちゃんたちは手応えありそうだからな、ウチの連中を一掃するくらいに、な。万全の相手と戦うために待ってたまでよ」

 グルドアガルマと名乗る大男は、リオンのそれよりも大きな剣を片手で軽々と持ったまま涼しい顔をしている。

「嬢ちゃんたちには申し訳ねぇが、遠慮してたら自分の命が危うくなるのが戦場だ。手加減なしだ、ぜ」

「!!!」

 グルドアガルマの大剣は、手品のように縦に二つに割れ、たちまち双剣となった。

「もともと二刀流なんだよ、俺。普段はそうするまでも無いんだが、今回はちょうどいい機会みたいだからな。一対二。……かかってきな!」

 グルドアガルマの裁量でどうとでもなるその戦いの火蓋は、唐突に切って落とされた。

 彼の言う通り、一対二は圧倒的にこちらが有利、しかも、学園随一の実力を持つ二人だ。

 普通なら、勝負は目に見えている。

 ……しかし、現実はそうはならなかった。

「ぐっ……!」「く……」

 リオンもキュラも簡単に弾かれる。

 一見、グルドアガルマは防戦一辺倒だが、その実、余裕も含んで剣士二人をあしらっている。

 俺はなんとか座位になり、戦況を見守る。

 二人の剣は、大男には悔しいほど通らない。

 彼はその理由を知っていた。

「不思議だろ? 剣が俺に届かないのが。覚悟が無いからだよ、人を殺すっていう覚悟が、な!」

「!」

 キュラの反応よりも早く、双剣は攻撃に転じ、構えるだけで精一杯のキュラの剣は文字通り砕かれる。

 それをお構いなしに繰り出される二撃目に、背筋が凍った。

 キュラに対して無意味な声をかけようとする間もなく、

「守るって覚悟は誰にも負けないよ!」

 リオンが間に入り、強烈なグルドアガルマの攻撃を大剣で受け止めた。背中の悪寒も、同時に振り払われる。

「すみません、後れをとりました」

 キュラは謝りつつも、氷魔法で剣の形を復元させてすぐさま戦局に戻った。

「へへへ、思ってたよりもやるじゃねぇか」

 大男は歯をこぼして笑っている。それに伴い剣に勢いが乗っかるが、リオンとキュラも負けじとギアを上げる。

 つば競り合いの音が高く響き、命のやり取りにしては綺麗な音だ。

 ふと冷静になり周りを見渡してみると、我々以外にはアクティブなものはない。

 カルドフたちは満身創痍。応援の部隊なんて、気配も感じない。

 敵陣営はいまだに人工嵐に四苦八苦し、こちらとの距離は一定だ。唯一着岸したグルドアガルマの船員たちも一掃されたあとは船に戻って戦況を見守っている。

 つまりは、リオン・キュラVSグルドアガルマ、この戦いが戦況の流れを大きく司っている。押されれば、王都になだれ込まれる。押し返せば、相手の戦意を砕くことができる。

 ……ジリ貧だ。グルドアガルマもニヤついてはいるものの、決定打には至らない。それだけリオンとキュラが持ちこたえてくれてはいるが、数の有利はあってもちょうどそれで拮抗するに留まっている。

 何か策は無いだろうか。

 ≪気象予報≫や「ガソリン石」は攻撃力もあるが、動きの速い三人のうち一人に狙いを定めるのは困難だ。

 悪天気に傾けても、もし敵の方がその環境に強ければ、味方の足枷になってしまうだけだ。

 思考を巡らせながら、俺は弾き飛ばされたキュラの刀身のもとまで歩みを進め、破れた服を巻いて持ち手を作った。

 リオンとキュラが強めに弾かれ、グルドアガルマが一方に集中攻撃を仕掛けようと振りかぶった、その瞬間。

「≪剣道三段『一眼二足三胆四力』≫!」

「!」

 伏兵の突進に、さすがのグルドアガルマも反応が遅れる。

 激痛で体が軋むせいでこちらも十分なスピードが出なかったかもしれない。

 グルドアガルマにとってはその少しのズレで十分だった。こちらに照準を定め、双剣の動線は人間一人を真っ二つにするための遠慮のないものだった。

 ……こちらもそれで十分だった。

「≪防災士『災害対策』≫!」

 『防災盾』を発動し、双剣を受けるためのいわばサンドバッグとなり、地面にたたきつけられる。

リオンとキュラはすでに体勢を整え、この隙を目掛けて強敵に斬りかかった。

「「っりゃぁ!」」

「がぁっ……!」

 ちょうどクロスするような斬撃で、グルドアガルマの巨体が揺れた。

 そのあとは声も無く、お互いが向き合って膠着していたが、

 どすん……。

 仁王立ちしていた巨体が、前向きに倒れた。

 ……幸いだったのは、我々の能力が相手に知られていなかったことだ。

 相手からすれば、俺は路傍の石。

 そして、死闘の最中に≪総合無線通信士≫で作戦会議ができるなんて思いもよらなかったはずだ。

 ——キュラの折れた剣の片割れを拾いに向かう途中。

『リオン、キュラ、集中力を切らさずにそのまま聞いてくれ。俺がこのあと特攻する。その隙にとどめをさしてくれ』

かろうじて聞き取れる大きさでリオンから返答が来る。

『そんな無茶させられないよ!』

『そうです、なんとか私たちでこの場をしのぎますから』

 キュラも同様だった。

『得体の知れない人間が急に戦場に現れて、しかも突進してきたら、とりあえず振り払うしかない。そこに隙が生まれる……はずだ。それに、俺には防御盾がある。不覚を取らない』

『だからって』

『二人がやや大げさに突き飛ばされたら、それをきっかけに飛び込む。……良い返事、待ってるぞ』

 一歩間違えば、死が待っている。

 ただ、そんな状況で勇気を奮っているのは、俺ではなく彼女たちだ。

 そんな彼女たち自身に被害が及ぶ前に、片を付けたい。

 遠目で見れば、かわらず死闘を繰り広げている。

 こんな極限の状況が長く続くはずがない。良い方に転べば良いが、確証はない。

『わかってくれるか?』

 刀同士のぶつかる音の隙間に、聞き慣れた声が聞こえてくる。

『……キュラ、合わせられる?』

『……もちろんです」


 どよめきがこちらにも聞こえてきた。それはグルドアガルマ陣営のものだ。

 おそらく、負けるはずがない人間が負けた。そこからくる動揺だ。

「大丈夫、ユーイチ?」

 リオンとキュラが駆け寄ってきてくれる。無理な特攻で余計に視界がかすんできたような気がするが、この景色は誇らしい。

 目に映ったものは平和な日常……のはずだったのに。

「!!! 二人とも、避けろ!」

 目を見開かざるを得なかった。

 二人の背後に迫る巨大な影。

「「!!!」」

 リオンとキュラは間一髪、その衝撃を躱して左右に散らばる。

 ……グルドアガルマだ。

「効いたぜ……だが、それで倒せると思っちゃいけねぇな」

 傷はあるが浅い。それまでと同じパフォーマンスをするには差し障りがないようだ。砂浜に刻まれた、まるでモーゼの海割りを砂浜に落とし込んだようなえぐれ方がそのパワーを物語ってくる。

 俺はそれに巻き込まれそうになるもギリギリ避け、九死に一生を得る。

 相手はまだ余裕を持ち合わせているようで、強烈な一撃のあとは再びにやにやして我々に関心を向けている。

「三人相手もおもしれぇな。誰からつぶそうか」

 そう言って、いつの間にか一刀流に戻ったことに気付く間もなく、巨体に似合わないスピードでこちらに突っ込んできた。

「ユーイチ!」「ユーイチ様!」

 二人が加勢しようとするも、ビーチフラッグよろしく、地力が一緒であればスタートの早かったものには届かない。

「ぐぁっ!」 

 なんとか『防災盾』でしのぐも、それを超えて伝わってくる衝撃に、再び弾き飛ばされる。

 ワンテンポ遅れたリオンとキュラはこの攻撃に乗じて斬りかかろうとするも、グルドアガルマはスピードのある大振りで二人に斬りかかる。

 二刀流とは違い一刀流は両腕の力が込められ、二人は無残に吹っ飛ばされてしまった。

 声も出せないまま向こうの砂浜に叩き転がされ、受け身も取れずに沈黙する。

 一気に形勢が逆転し、そのままとどめをさされてしまうことも否定できない状況の中、グルドアガルマはそうしなかった。

 リオン達がすぐに戦線に戻れないことを分かってのことだろう。そちらへの注意は不要と判断し、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。

「俺と渡り合えるなんて殺すには惜しい嬢ちゃんたちだ。さて、どうする? あんちゃんは嬢ちゃんたちほどじゃねぇみたいだからな。白馬の騎士として殉職しても良いんだぜ?」

 普通なら、震えるのだろう。

 だが、俺には『能力』がある。

 この間合いなら、そして、相手が俺をただの手負いの剣士と思っているなら、勝機がある。

 ひそかに蓄えていた砂浜上空の蓄電。このチャンスを待っていた。

「……一億ボルト」

「ん? なんだ? 命乞いか?」

「……雷のことさ」

「!!!」

 コップから水があふれるように、稲妻がグルドアガルマに直撃する。

致命傷になるかもしれない……背に腹は変えられない……。

 仁王立ちの巨体から小さな煙が湧き上がる。

 ……!

「そうか……雷魔法はあんちゃんの仕業だったんだな」

 心配は180度向きを変えた。命を奪ってしまうどころか、ほとんど効いていない。そうなれば、今度はこちらが命を奪われる番だ。

「つぶしとかねぇと、嬢ちゃんたちが目を覚ましたらさすがに危ねぇか。惜しい才能だが、散れぇぇぇっ!」

 頑丈なのも才能だ。もしかしたらそういう『能力』を持っているのかもしれない。

 単騎で乗り込んでくるのも納得の存在だ。

 目の前に迫りつつある化け物。

 俺は小石を放り投げた。

 セコンドのタオルとか医者の匙とか、そんなものではない。

 ……「ガソリン石」だ。

 雷がもう一閃、黒雲から零れ落ちた。


「≪危険物取扱者(甲種)『危険物取扱』≫!」


 グルドアガルマにとっては、狩られる者が最期に放った悲鳴に聞こえたかも知れない。

 『防災盾』でガードしきれるかわからない一太刀が届くよりも早く、雷に打たれたガソリン石の爆発がグルドアガルマに直撃した。


「がぁぁぁぁぁっ!」


 断末魔を叫んだのは相手の方で、雷が効かない頑丈な体も、仁王立ちとはいかなかった。

 巨体は焼け焦げながら波打ち際に押し飛ばされ、そして。

 ……今度こそ動かなくなった。

 リオン達が無事に目を覚ましたのはほどなくして。

 あらぬ疑いをかけられても困るが、心臓マッサージ要らずだった。 


 ——グルドアガルマが戦闘不能となり、船員たちはお互いに顔を見合っていた。

 負けるはずがないとどこかでは思っていたのだろう。思ってもみない結果に、動けるものはそそくさと船に乗り込み、そうでないものを残して海へと帰っていった。

 まだ勢い衰えない人工嵐に向かって飛んで逃げていく。

 我々の方が嵐より恐ろしい、ということだろう。

 さて。

 その後については、流れるままだった。

 キュラの応急処置はあったものの、カルドフ陣営は壊滅状態に他ならない。

幸い死屍ではないが累々な状況に手をこまねいていると、どこで道草を食っていたのか、王都直属の騎士団がお出ましした。

 悪びれる様子もなく冷静に現場を掌握し、自慢の戦闘力は発揮しないまま救護班に回った。

 カルドフたちが運ばれ、グルドアガルマ陣営も運ばれていった。

 グルドアガルマはすでにキュラの応急処置が施されているが意識は戻っていない。

彼は有名人だったらしく、敗戦した姿を見て騎士団たちは驚き、用心深く拘束を行った。仮に覚醒しても抵抗できない形で担がれていった。

 俺も重傷だが、治療と同時に事情聴取された。包み隠さず話すのが得策と判断し、人工嵐の方を指さした。

 逃げ帰った船がちょうど仲間内に戻ったところのようで、嵐がはけていった後も船隊がこちらに向かってくることはなく、水平線の向こうに消えていった。

 それを見届け切ったかどうかは定かでは無いが、気付いた時には俺はベッドの上にいた。

 目を覚ますと、目の前には美少女剣士が二人いて。

 彼女たちはその目に涙を溜め始めていた。


 ***


 王都ディルゴーン。

 後方にはいびつな山を備え、その向こうや脇には関連都市を並べている。

 なだらかに広がる平地に幾万の民衆が文化を築き、立派に栄えている。

 その裾野は海へとつながり、海運都市としての側面もある。整備された海岸線は、一部保養の役割も担っている。

他国が後方から攻め入るには関所として特化した都市群を越えねばならず、仮に越えたとしても山越えしなくてはならない。海側も、海岸線続きに関連都市を並べており、横から攻め入るのは困難だ。

厚い防御網を持つ中で直接攻め入るとすれば「海から」という発想になる。

貿易目的に門扉が広い都合上、遠方から商業船に紛れ込んでしまえば、突破口になる。

そうは言っても、王都の中心になればなるほど騎士団・魔術師団などの戦力が配備され、侵入しようものならハチの巣をつついたように返り討ちに遭うことは必至だ。

そんな定説は内外ともに叫ばれており、実際にここ数十年は無駄な波風が立っていない。

……今回、ここが狙われた。

地理的な意味合いもあるし、薄れた緊張感もそこには含まれる。

そう解説してくれるのは、王国ナンバー2であり、宰相でもあるマギア・ルートル……様だ。

端的に言えばダンディーなおじ様で、煩わしくない程度に髭を蓄え、語り口は知性を伴う。

なんでそんなお偉方が目の前にいるのか……それは、ここが王城の謁見の間だから。不思議なことではない。

≪世界遺産検定≫をかじったときに出てきたような、中世ヨーロッパ風の王城。

特にこの空間は天井が高く抜けていて、広さも百人近い要職の面々が詰めずに並べてしまうほどだ。

謁見の間といいつつも、肝心の王様の姿はない。さらに奥の部屋で鎮座しているとのことだ。

「うぅ……こういうところは苦手だよ」

 ありがたいお言葉を右から左に流しまくる、しかめっ面のリオン。彼女の意見に大賛成だ。

 あの海岸線での戦いから数日。

場違いなのは理解しつつ、俺たちは城へ呼び出され……上品に言えば、拝謁を賜ったのだ。 

 キュラも緊張しているようで、少しぽかんと口を開けて時が止まっている。

 我々は宰相様のありがたいお言葉を浴びるだけに終始する。

「本来なら王国直属の騎士団および魔術士団が事態の収拾に努めるはずだが、たったの三人でグンベルトの軍勢を追い払ってしまったのだから、大したものだ」

 隣国というよりは海を挟んでのお向かいさん、グンベルトという国からの侵攻だったようだ。ディルゴーンとは国交を持たず、内情もお互いに探り合い程度の間柄だったとのことだが、その均衡が突然崩れたのが今回の顛末だ。

「しかも、歴戦の騎士グルドアガルマを討っての勝利。いやはや、末恐ろしい少年たちだ」

 死闘を繰り広げた大男は、各国に名が知れ渡るほどの有名人で、実績も然り。

 一騎当千で小国を滅ぼした、とか、雇うために国の経済が傾いた、とか、多少の脚色は入ってるかもしれないが、とんでもない相手だったようだ。

 彼は応急処置のおかげもあってか致命傷には至らず、そして幽閉されている。

 大物だからこそ、単純な処罰はせずに「生かす」のだろう。

 致死を凌駕するあれだけの攻撃を受けて生き残っているのは、恐ろしい限りだ。こちらの手の内がもし知られていたら、今頃俺たちは城でのんきに緊張していられなかったに違いない。

 「存命」を聞いて目を輝かせたのは、リオンとキュラだった。

「おじさん無事なんだね、良かった。一人でも勝てるようになるまで、元気でいてもらわなくっちゃ」

「私も、稽古をつけてほしいくらいです」

 らしさに笑いをこぼしてしまい、宰相様が涼しい目を向けてくる。

 慌ててペコリとお辞儀をし、「どうぞ続けてください」の意を示す。

「ゴホン……艦隊を追い返せたのもよかった。敵にとっては着岸もできずに逃げかえったという敗北感・無力感を味合わせることができるし、一方で、こちらの解釈の都合にもよるが、大々的な宣戦布告とならずにボヤで済んだともいえる」

 それならなによりだ。

 いくらこの場をしのいでも、王都やキールが戦火に巻き込まれてしまっては意味が無い。

 政治的にそのように扱ってくれるのであれば、何の文句もない。

「さて、大儀を尽くしてくれたものには褒美で報いるのが相応しい。そのように王様もおっしゃられている」

 見返りなんて考えてもいなかった。二人とも顔を見合わせるが、俺と同意見のようだ。

「応えられるものであれば責任をもって応えよう。何を望む? 金か? 名誉か?」

 特に自分自身について求めるものは無いが、強いて言えば……。

「「復学を許可してください!」」

 女子二人の声がそろった。示し合わせていなかったようで、お互いが少し驚いて、そのあと「ふふ」と笑った。

 こちらに視線が向いたので、自分自身を指さす。

「俺の復学? そんなことに褒美を使っていいのか?」

「いいんだよ、ね」

「はい。私もそう願います」

 確かにニートとして過ごすのは精神的につらいところがある。まだ数日だがそれを実感していたところだっただけに、二人の提案はありがたい。

 意外な答えに、宰相マギアは自身の髭を触っている。

「『復学』とは?」

 リオンが代表して説明してくれる。

「ここにいるユーイチはフジョーリな圧力のせいで退学になってしまいました。それを取り消してもらって、一緒に学園に通いたいんです」

 マギア様は怪訝そうに俺の顔を覗いてくる。

「優秀な人間が適した教育を受けないのは国家の損失に他ならない。早急に手配しよう」

「「ありがとうございます」」

 彼女たちはお互いの手をとり喜んでいる。

 そうとなれば、こちらも言いかけたお願いを。

「キュラに爵位を与えてくれませんか?」

「! ユーイチ様!?」

突然の指名にキュラをうろたえさせてしまうが、利他的にはこれが良い。

話の分かる宰相様は髭を触りながら「うんうん」とうなずく。

「そうか、其方だけ平民だったな。良いだろう。爵位を授けよう。そうとなれば、家名はどうする?」

 この世界では、貴族=家名持ち、ということのようだ。突然のことにキュラは珍しく慌てて顔を赤くしている。

「え! あ、家名、え、けど、そんな、私が貴族なんて、え、あ、う」

 ぱちんと指をはじいたリオンが自信満々な顔になる。

「マーガウェル、ってどうかな?」

 その手があったか、と俺もキュラと目を合わせる。

 さらに動揺するキュラ。いつも冷静なのに、こんな面もあるのかと余計に親近感が湧く。

「ま、マーガウェルって、リオン様とユーイチ様の家名じゃないですか!?」

 思えば、俺も養子として拾ってもらった身。他に案が無いのであれば、キュラもマーガウェル家の繁栄に一翼を担ってほしい。

 リオンはもう、譲らない。

「前から言ってるけど、『様』は要らないよ。敬語もね。これで私たちはお・な・じ。……『親友』、もっと言えば『家族』だよ」

「『親友』……『家族』……ありがとうござ……ありがとう、リオン……さん」

 氷魔法の使い手・キュラの顔が太陽のように眩しくなる。

「ぎこちないなぁ、もう。これから慣れていこう!」

 リオンのこういうところ、尊敬してしまう。

 俺からは補足を。

「マギア様。今現在キュラはカルドフ・ジルグリア家で従者の立場です。これでは彼女の可能性がつぶされてしまいます。爵位を授かるとともに、従者の任を解いてはいただけないでしょうか」

「! ユーイチさま……さん、それは……」

 宰相様も味方をしてくれる。

「それは容易いことだ。勅令を出そう」

 当のカルドフ陣営は療養が済み、おとなしくしているそうだ。

 今までのことも含めて決して無視できない所業の数々を積み重ねているカルドフだが、告発するに至っていない。

甘いかもしれないが、今回のことがあってもさらにけしかけてくるようなことがあればその時は容赦はしない。

本音としては、

「カルドフにとって、キュラを失うこと以上に大きな損失は無いさ」

「ユーイチさん、言い過ぎです……」

「言った通りだ。それに、キュラがのびのびするためには、新しい環境が必要だ」

「しかし……」

「贖罪というなら、とっくに済んでいるはずさ。自分で納得できなくても、多数決では決まりだ。なあ、リオン」

「うん!」

 リオンの笑顔とは対照的に、キュラは涙をこらえるような仕草のあと顔を背ける。

「ありがとう……二人の気持ちがうれしいです……」

 マギア様は何となく気恥ずかしそうにしている。柄になく青春してしまった、申し訳ない。

 彼が髭を触るかと思ったら、咳払いの準備だった。

「ごほん……爵位と新天地はセットで一つの願いとしよう。褒美は各人一つずつとするとあと一つか」

 そう言われたものの、リオンとキュラの表情からはこれ以上求めるものは無いようだ。

 整理すると、先の二つは俺とキュラのための褒美だ。

 それなら、もう一つは——。


 ***


 謁見の間の奥に位置する「王座」。

 奥といっても隣り合って向こう側、ではなく、厚い壁と短い通路を介してのオリエンテーションだ。

 名前の割には簡素な造りで、日本だったら四畳半と言われてしまうかもしれない。

 後方に緊急脱出用の隠し通路が備え付けられ、王を守るという城としての役目も忘れていない。

 窓も無く、灯りは持ち込むしかない。

 こんなところに好き好んで常駐する人間はいない……一人を除いて。

「たまには表に出ませんか、王様。体を壊しますよ」

 髭を蓄えた紳士の進言も、その相手はあきれ顔でため息をつく。

「相変わらずお前は……余に口出ししても無駄なのはわかっておろう? それに、その気になれば口答えする家臣の首を刎ねるのも容易なのだぞ?」

「必要なことはわが命を賭してもお伝えしなければなりません」

「……ったく。先日のことも、うまくいったではないか」

 とぼけた視線に、紳士はやや口調を強める。

「あれは、こちらにとって吉となる予想外があったからです。まだ学園に入学したばかりの少年少女が強大な力を持っていて、力を貸してくれたという、予想外が」

「それも含めて余の手柄であり、責任なのだ。心得ておる。それに、その予想外が無くても、騎士・魔術師団たちで抑え込む算段にはなっていただろう?」

 風も無いのに、紳士の持つロウソクの炎が揺れる。

「いやはや、予想外で言えば、鬼神・グルドアガルマが向こうに就いていたということもありますし、シミュレーション通りに事が運んだかどうかは……」

「結果的には、すべて余の手の内よ」

 ロウソクの炎はやや縮こまる。

「……結果論で語ればそうですが」

「『敵にディルゴーン弱体の噂を流し、攻め入る隙をわざと与え、ついでに、たるんだジルグリア家に被害の責任を取らせて制裁を加える』。しいて言えば、後半が叶わなかったことが、手からこぼれた部分だがな」

「……政治は、戦争は、遊びやギャンブルではありません」

「聞き飽きた、寝る」

 ロウソクの炎は、どこからともなく吹いた風で吹き消された。

「王様……眠りにつかれる前にひとつ。先の功労者から、王様にも関わる申し出がありました」

「褒美のことか? お前に任せたはずだが、余に関わるとは不躾な……申せ」

 紳士はロウソクに火を灯した。

「はい……王様は温泉お好きですか?」


 ***


『そうですね、はい、ええ、それなら何よりです』

『おかげさまでこちらは忙しくさせてもらってます。学園の方も忙しいとは思いますが……今度来たときはゆっくりしていってくださいね』

『はい。折を見て帰省します。その時はよろしくお願いします』

 電話のようなやりとりだが、≪総合無線通信士≫の活用だ。電話に類する機械は手元には無く、それでも遠く離れた相手と会話を成立させている。

 複数人での会話も可能だ。

『姉さん! ユーイチは姉さんと一緒に温泉に入りたがってたよ、相変わらずだね』

『誤解を生むようなことを言うな! 入りたいけど入れないんだよ! ……あ。フィーリアさん、あの……』

『ふふふ、お待ちしてますね』

 能力者の心の動揺が上限を超えたため、通話不能となった。

 いたずらな表情で、リオンがこちらの真っ赤な顔を覗き込む。

「便利な『能力』だね」

「うまく使えばだけどな!」

 コルドート学園の学園寮での一コマ。

 一度退去した(させられた)部屋に戻ることができ、一人部屋を有意義に活用しようというささやかな願いは……一向に叶わない。

 リオンがちょくちょく遊びに来て、他愛もない会話で時が過ぎる。

 異性の部屋に気軽に出入りしていいものかどうか、後で寮則を調べようとして、いつも忘れてしまっている。

 ——王様からの褒美、三番目。俺の申し出は以下の通りだった。

『キールに視察に来ていただけませんか? 辺境のためご足労願うこととなりますが、温泉と食事、おそらく満足していただけると思います』

 ある種の賭けではあったが、これはキールのための願い、ひいては故郷を想うリオンのためになる願い、だ。

 王室がキールを気に入ってくれれば、王室御用達の看板を掲げることができる。それ以上の宣伝効果は無い。

 食材や料理、温泉も、それを求めて人が集まってくることこの上無し、と想定する。

 しばしのプレゼンの上、最低でも大臣が、可能だったら王も遠路はるばるキールに出向いてくれることになった。

 先回りしておもてなしの準備をし、そして……フィーリアさんとの会話につながる。

 結果は大成功。

 視察一行がキールをリピートしてくれるような約束も取り付けつつ、その噂は王都や関連都市に瞬く間に広がった。

 キールが群を抜いて経済発展するのは、もう少し先の話。

 そんな殊勲に胸を張りながら、キール再訪時に同期したフィーリアさんの優しく穏やかな癒しの声に浸っていたところに、先ほどの横槍だ。

 リオンをにらみつける俺を見て、お茶を淹れてきてくれたキュラがふふと笑った。

 キュラもあれ以降、同じ家名の一員として同じ寮に移ってきた。

 三人で行動することも多くなり、キュラにとっては我々のやり取りが日常になってきている。

 ……一番心地よく感じているのは、自分なのかもしれない。

 日常。噛みしめていると、リオンの目が臥せられる。

「ねえ、ユーイチ」

「……ん? なんだよ、あらたまって」

 いつもはお茶をふーふーさましながら少しずつ口を付けるリオンのはず。

 カップは胸元で持ったまま、少しうつむいて、心なしか顔は赤いように見える。

「……ありがとね」

「なんだよ、急に」

 お礼を言いたいのはこちらの方だ。

 リオンが最初に俺を助けてくれたから、そのあとも垣根無く接してくれたから、今の俺がある。

「言いたかっただけだよ」

 リオンの優しい笑顔に、胸が高鳴る。

 たまに美少女を決め込むことがあるから心臓に悪い。

 押し黙ったこちらの表情に、リオンも照れくさそうに視線を外す。

「ね、ねえ、キュラ、お茶飲んだらお風呂に入りに行こう」

「え、もう良いんですか?」

 いつもだったらもう少し盛り上がってからしぶしぶ解散になる流れ。

 リオンはキュラの顔を見ながらぐびっとお茶を駆け込み、熱さに舌をやられている。

「大丈夫か? 猫舌なのに無理するから」

 そっと駆け寄る俺の耳元に、リオンの顔が近づく。

「……背中、流してあげようか?」

「え……!?」

 ささやくような声だったが、耳にはしっかりと熱い吐息がかかり。

「……冗談だよ。ユーイチったら……姉さんにばかり浮かれてるんだもん」

 リオンはお茶の熱が移ったような赤い頬で、まだお茶を飲み切ってないキュラの手を引いてそそくさと出ていった。

 一人残された俺は、しばらく虚空を眺めていた。


「——資格を生かしてみませんか」

 その言葉から始まった俺の異世界道中は、資格様様だ。

他人や自分の助けとなり、今を生きている。

これからも、資格とともに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ