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学園もの

 馬車に揺られていた。

 王都へ向かうためのチャーター便。それ相応に費用もかさむが、先行投資の範疇だ。

 以前に魔物素材を売り込むために利用したことがあったが、今回は目的が違う。

「久々の長旅だもんね、もっと菓子を持ってくればよかったなぁ」

「せっかくの制服が菓子くずだらけだぞ」

慣れない学生服にさっきまで緊張していたのに、リオンはいつも通りだ。

≪スイーツコンシェルジュ≫を駆使して前もって作っておいた焼き菓子は、底をつこうとしている。余裕を持ってストックしていたはずだったのだが。

「ユーイチは緊張してないの? 王都の学園だよ?」

「実感が無さ過ぎて、緊張する概念すら無いな」

「私は学校とか初めてだからカチコチなのに……もぐもぐ」

 緊張のせいで食が進むのか、ペースが落ちない。『収納』をもっと活用すればよかった。なお、『収納』のおかげで見かけ上の荷物は極端に少ない。

 王都ディルゴーンには、魔術師や騎士を育てるための養成学校が複数ある。その中でも一流どころが集まるとされるのが、俺たちが入学予定の「コルドート学園」だ。

 生徒は主に貴族の跡取りで構成され、貴族以外はよほどの秀でた才能が無いと門前払いになるらしい。

 我々は、貴族であるゾフィーさんの推薦状(入学届)でパスしている。

 ——ゾフィーさんは、先日息を引き取った。

 黒魔法のせいなのか、もともとの病状のせいなのかはわからないが、その最期は突然で、ただ、穏やかな表情だった。

 フィーリアさんを喪主として葬儀が執り行われ、あとは流れるままだった。

 領民からの信頼が厚かった証拠に、参列者は後を絶たなかった。

 娘たちの深い悲しみようをみると、一人の父親としても立派だったことがうかがえた。

 あの日のゾフィーさんの告白——俺を救世主として呼び寄せた——はマーガウェル家と俺とを、より強固に結びつけた。

 今となってはそれが真実だったのかわからない。言葉は悪いが、思い込みだったのかもしれない。

ただ、表現形としては巡り合ったのは事実。責任や使命みたいな重苦しいものではなく、マーガウェル家に単純に寄り添いたい、そう思った。

 そんなことを予見していたのか、ゾフィーさんの遺言には驚きの一文があった。

『ユーイチをマーガウェル家の養子として迎え入れる』

 俺は「ユーイチ・マーガウェル」と名乗ることを許された。

 なんだか馴染まない響きだったが、リオンもフィーリアさんも、喜んで受け入れてくれた。

 そして、家督は正式にフィーリアさんに譲られ、リオンと俺はコルドート学園への入学が手配されていた。

 もともとリオンは騎士として身を立てようと研鑽しており、これを叶えようとタイミングを計っていたところだった。渡りに船だ。

 キール借金問題も解決し、また、学園入学に当たり保護者として俺をあてがうことで、娘二人を安心して門出に向かわせられる、そんな思惑があったのかもしれない。

 リオンはフィーリアさんを一人残して王都に向かうことをためらっていたが、俺の経済再生計画は順調に軌道に乗っており、その点での心配は不要だった。

いまやキールは、近隣都市をはるかにしのぐ経済力を獲得し、特別な力——リオンや俺がいなくても——持続可能な安定した発展を自らのものとしている。

優秀な領主がいればなおさらだ。借金問題はあったものの、なけなしの材料でうまくやりくりしていた実績がある。材料がそろった現在なら、足元をすくわれることは皆無だ。

フィーリアさんは最愛の妹を快く送り出してくれた。一人の優しい姉としては、妹の新たなスタートを心配していたが。

——リオンは期待によるプレッシャーというよりは、気恥ずかしさを感じているのだろう。

頬についた菓子くずは馬車の揺れに負けずにしがみついており、彼女の愛嬌を際立たせる。

俺はゾフィーさんやフィーリアさんの思いを胸に、馬車に揺られる。リオンはいつの間にか居眠りをして肩に寄りかかってくる。その寝息に、ついつい口元を緩ませてしまった。


馬車は滞りなく、俺たちを目的地に運んでくれた。

「リオン、着いたぞ、ヨダレをふいて出発だ」

「ふぇ……もうでぃるごーん……? 思ったよりも早く着いたね、一度来たことがあるからかな」

 ヨダレは冗談だったが、その姿はまるで電車で居眠りした女子高生だ。

 足を踏み入れるは、よく整備された広場。あいかわらず、都会を前面に押し出す出迎えがまぶしい。

 噴水を中心に、たくさんの人が往来している。キールではこんな光景を見ることは無かった。

 目をこするリオンとはぐれないように気をまわしつつ、

「学園は……あそこか」

 予習してきた地理に倣うと、その方向には背の高い時計塔が見える。

 街の中心部からもそう遠くはない。それだけ、権威のある学園ということなのだろうか。

 今日は入学式典当日。

 普通なら余裕持って前日以前に王都に到着して心の準備をするのだろうが、リオンがなかなかキールを離れたがらず、直前の到着となった。

 ゾフィーさんはこの辺のルーズさを想定し、俺をあてがったのかもしれない。

 着いたら着いたで、リオンは余裕を取り戻す。

「よかった、間に合いそうだね」

 よく見ると、同じ制服を着た生徒たちが幾人、同じ方向に向かっている。みんな、なんとなく気品がある。フィーリアさん寄りの人々だ。

中には執事のような人を侍らせている生徒もおり、元の世界で公立学校に浸かっていた俺からすれば、考えられない光景だ。

——コルドート学園、王都随一の由緒ある国立校。

卒業生には、王国直属の魔術師団員・騎士団員として腕を振るっているものもいたりする。いわゆるエリート中のエリート、リオンの目指す先だ。

この世界の常識としては、貴族は自衛機能も持たなくてはならず、自身や従者が優秀な能力を持っていることが前提だ。リーダーとして優秀な魔術師や騎士でなければ箔もつかず、統率がとれない。

 そのため、貴族も貴族で必死であり、能力を持たずに生まれてきたものは居場所を失う。一方で、ある程度の能力があれば将来の可能性を広げることができる。

そんな思惑が渦巻く最たる環境が、この学園なのだ。

 ……伝聞や入学パンフレットからは、そう受け取れた。

 ちなみに、ゾフィーさんやフィーリアさんもここの卒業生であり、優秀な生徒だったようだ。我々が入学するに当たり、フィーリアさんが先輩としてのアドバイスをたくさんしてくれた。

 ひとつは、やはり階級社会であるということだ。

 主に貴族が集まる学園だが、貴族の中にも身分差が存在している(すでに、リドール・ジルグリアとかいう金満貴族でおなかいっぱいだ)。

 それに、中には貴族ではない人間もいる。よほどの実力が無い限りは、元からの身分差を重しとして押しつぶされてしまう。

 弱者として目を付けられれば、学園に居場所がなくなることは必至だ。

 これもあるから、せめて貴族に、という配慮で俺を養子にしてくれたのだろうか。

 平等を運び入れることができないことに対して、もちろんもやもやとする感情が抑えきれなかったが、リオンの「きっとみんな仲良くなれるよ」という根拠が感じられない発言により、それ以上考えるのをやめることができた。

 学生時代のフィーリアさんは肩身が狭いながらも無事に卒業まで至り、領主代行も許される有資格者になったそうだ。

 リオンがあとで教えてくれたのは「姉さんは学生時代にいろんな男の人に見初められたんだよ」と卒業後の求婚ラッシュにつながるようなエピソードだった。

『……温泉で、お背中流しましょうか?』

 そんなかつての学園のマドンナに、畏れ多くも先述の言葉を賜り……。

 以降は平静を装うのに精一杯で進展はないが、言葉を反芻してたまにぼーっとしてしまう。

「ユーイチ、ぼーっとしてると転ぶよ?」

「……考え事をしていたんだ」

「ユーイチはいつも難しいことを考えているから、たまには空でも眺めれば?」

 すでに学園の正門を越えていた。

 先ほどまでの主導権はどこへやら。逆転劇にとぼけざるをえない。

 すっかり忘れていたが、リオンも相当の美人さんだ。フィーリアさんと同様の学園ライフを送る可能性は十分にある。

保護者として、悪い虫がつかないようにしないと。

アドバイス通り、雲の流れに視線を従わせようとしたそのとき、

『危ない!』『避けろ!』

 周りの声が我々に向けられたものだと気付くのは、コンマ数秒あとだった。

 勢いそのままに駆けてくる馬車が、暴走車よろしくこちらに一直線。

 リオンもほどなく異変に気付いたが、俺の反応の方が早かった。

 彼女を抱き寄せ、馬車から間一髪、転がりながら回避した。

 馬車は少し先で停まり、辺りは安堵の静寂に包まれた。

「ユーイチ、ありがと。……だけど、恥ずかしい」

「あ! すまない!」

 不可抗力だが、リオンに覆いかぶさるように倒れこんだため、傍から見れば押し倒しだ。リオン当人が事情を分かってくれてよかった。

 慌てて飛び起きると、馬車への怒りに矛先を変える。

——フィーリアさん曰く、特級貴族は学園内への馬車の乗り入れが許されている、とのことだ。ひいては、学園内で馬車を見たら大名行列よろしく、その他は(精神的に)ひれ伏さなければならないらしい。

馬車側も、馬車に乗っていない人間=自分よりも身分が下、という図式を十分に理解し、歩行者に対して遠慮が無い。そんなマイナールールにも嫌悪感を禁じ得なかったが、まさかこんなしょっぱなで遭遇するとは。

確かに、馬車のつくりは先ほど我々が乗っていたものと比べれば手が込んでおり、幌には家紋と思われるデザインがでかでかとプリントされている。

意外だったのは、ゾウがアリを気にしてくれたこと。馬車から一目散に飛び降りた人物が、こちらに向かって駆け寄ってきた。

長い銀髪をたなびかせ、駆け足の速さの割には姿勢を崩していなかった。

「大丈夫でしたか!?」

 暴走馬車に乗っていたとは思えない、気品ある佇まい。

 近くで見ると、同じ学生服を身に纏い、不安そうな顔をしているが、それに勝る整った顔にドキリとさせられる。絹のような色白さで、細長い指も爪まで輝く。

 俺とリオンの服についた土ぼこりを、ためらいなく払ってくれる。

目の表情がクールビューティーを思い起こさせるが、困った顔がやけに似合う。

こちらの背筋が伸びていると、

「キュラ! 庶民は捨て置けって言ってるだろうが!」

 キュラと呼ばれた目の前の美少女は、叱りつけられた猫のように銀髪をピンとさせ、申し訳なさそうに踵を返す。

声の主はこちらにはお構いなしに馬車からずかずかと降り、建物に入っていく。

 それを追いかけつつもキュラはこちらにペコリと一礼し、長い銀髪で流線を描きながら颯爽と去っていった。

「なんだったんだ……?」

 答えは聴衆が明かしてくれた。

『さっきのお方はジルグリア家の三男、カルドフ様じゃないか? 同世代だとは聞いていたが』『ということは、あの女性は騎士特待生で入学したっていう、『銀氷のキュラ』か?』

 察するに、無礼極まりない貴族が何の因果か金満貴族の弟で、超絶美人は異名も持つほどの実力者にもかかわらずなぜか貴族の従者、といったところのようだ。後者が異名よりは圧倒的に温かみのある人物であることは間違いない。

「どうした、リオン?」

 馬車からかばって覆いかぶさったことを引きずっている……わけではなさそうでひと安心。実際は、もういないはずのキュラの方を見ながら立ち尽くしている。

「……あの人、ぱっと見はきれいな手だったけど、手のひらはカチコチで努力がにじみ出てた……あの身のこなしも、無駄が無かったし……」

 実力者なりに感じるものがあったのだろうか。俺には只者ではないという漠然としたことしかわからなかった。

「リオンも努力の塊だろ?」

 励ましのつもりだったが、彼女には不要だった。

「あんなすごい人がいるなんて、この学園に入学してよかった! いつか、手合わせしたいな」

「ワクワクしすぎだぞ」

 戦うことが前提のような発言とキラキラの目。

 その思いが叶う瞬間がすぐに訪れるとは、このとき知る由も無かった。


 ***


 学園生活は、座学と実技、例えるなら、主要五教科と体育、といった感じだ。さらに言えば、魔法は文科系、剣技は体育会系といった形で、魔法と剣技にはそれぞれ特待生がいる。

 偉そうな貴族の御曹司が一番幅を利かせているのは気に食わないが、奴は特待生のなかでもさらに別格の特待生らしく、権力の塊となっている。

 意外にも、キュラは貴族階級ではなく一般市民の扱いなのだそうだ。

 カルドフ「様」とやらに雇われている取り巻きに過ぎず、所作の上品さの割には腰が低いのも納得させられてしまう。

 一方で、俺とリオンは辺境貴族の推薦での入学。世間の評判は「その他大勢」、これ以上でもこれ以下でも無い。

 幸い、心配していた「一般市民」への迫害は目の当たりにすることは無いが、時間の問題らしい。

 ——席次決定トーナメント。

 入学早々に行われる戦々恐々のイベント。これが近づいている。

 その名の通りトーナメントを行い、それにより各自の実力が浮き彫りとなる。

結果、早々に敗退したものについては、貴族という肩書きに守られているものはまだ良いがそうでないものはお先真っ暗、という救いようのない催しだ。

貴族の中でも我々は一般寄り。ここである程度の結果を残さないと、学園生活はどどめ色だ。

トーナメントは魔法・剣技の二グループに分かれ、どちらを選ぶかは自由だ。

リオンは当然、剣技グループにエントリーした。

俺は、未だに魔法というものがどういうものかわかっておらず、相対的に剣技グループを選ぶしかなかった。

もちろん、キュラも剣技グループに名を連ねている。

俺とリオンは、入学前から二人での特訓を続けていた。

≪剣道三段『指導』≫で俺がリオンの基礎力を高め、そのリオンと刀を交えることで俺自身も力を蓄えていった。自身が師匠と弟子になるという奇妙な関係性だった。

加えて、≪剣道三段『一眼二足三胆四力』≫、剣道の基本要素を意味するこの言葉を『能力』として使用してみたところ、言葉の意味する通りに視線の運び方、足さばき、気力の入れ方、力の加減について強化され、リオンと渡り合うことができた。

そうはいってもリオンの成長は著しく、次第に『指導』の必要もなくなり、『一眼二足三胆四力』を以てしてもかなわないほどになった。≪剣道三段≫の人間が言うのは矛盾を生じるが、すでに免許皆伝以上の腕前に到達していた。あとは己を磨き、己に打ち克つのみ、ただ精進。

 ……普段のリオンはお菓子を食べてヨダレを垂らしている(ように見える)から、ギャップははなはだしい。

そんなリオン師匠のもと、俺も己を高めていった。手合わせすると実感するが、彼女とトーナメントで当たってしまった人間にはお悔やみしかない。

 一応、トーナメントの割り振りには根拠があるらしく、直前の体力テストのような実技試験において成績順に散らばっているという。

 基礎力の高いものが初戦でやりあうことを避けるためにそのような仕組みになっているが、基礎力の低いものには地獄……とも言い切れず、まれに応用力で大番狂わせとなることもあるらしい。

 いくら筋力や敏捷性があっても使い物にならなければ意味が無い。それを見定めることもトーナメントに含まれている。

 俺とリオンはトーナメント表で言えば正反対の位置、つまりはお互い基礎力が高いとの評価により決勝まで当たらないようになっている。

 ちなみに、キュラも当然シード枠であり、相まみえるとすれば、準決勝でリオン、決勝で俺だ。

 勝ち進む前から準決勝・決勝の話をすると自信過剰かもしれないため、。この辺でやめておく。

一方、カルドフとかいう輩は、昨日行われた魔法グループにエントリーしていた。偉そうな態度は試合結果にも表れ、生意気にも優勝していた。

……不正は無かったようだが、そうなると余計に悔しい。

 会場はどちらのグループも共通で、学園内の開放型闘技場。ショー目的ではないため観客席は充実しておらず、屋根の無い体育館のような造りだ。取り柄はキャパシティで、全校生徒三百余名は十分入れる。

 一年生の試合は注目の的。中には賭けの胴元を司るものもいる。

 試合は淡々とこなされていく。

 特訓でリオンと対峙することはあれど、この世界で人と真剣勝負をするのは初めてだ。

 デビュー戦。観客は出場者の緊張も気にせずに騒がしいが、向き合うのは目の前の相手、突き詰めれば、自分自身だ。

「お願いします……ここで負けたら、僕に居場所は……」

「気持ちはわかるが、それは俺も同じだ」

 初戦の相手はやけに弱気だった。

 学園支給の木刀を男子生徒Aのボディーに打ち込み、心の中では「胴!」と叫んでいた。

 うずくまる男子生徒Aに対し、

「芯の通った人間が権力を持てば、その心配は要らなくなる」

 その言葉で、彼は安心したかのように意識を失った。沸き上がる歓声。光栄なことに、俺のオッズはそこそこ低いらしい。

 少なくとも、俺かリオンが優勝すれば、ある程度の発言権は得られるだろう。

 そうすれば、想定される「いじめ」のような構図も解消されるかもしれない。

 順当に勝ち進んでいった。いずれも勝負は一瞬。

 準決勝までの試合消化速度は例年の比ではなかったそうだ。

 リオンもキュラも、剣に手加減は無い。

 生徒の安全を確保するため、剣の威力を十分の一程度に弱める魔法がかけられているらしいが、それでも一撃必殺なのは実力差が激しいからだ。

 あっという間に訪れた、準決勝。

 まずは俺と男子生徒Yの試合だ。

 さすがにそれまでの相手よりは太刀筋は鋭かったが、『一眼二足三胆四力』を使わずとも秒殺。決勝進出を決めた。

 ちなみに、剣技のグループで魔法は禁止(逆も然り)であり、俺の『能力』が魔法とすればそれに抵触するため、いずれにせよ素の自分での勝負だった。

 そんな試合ばかりだが、一応ルールとしては、有効打が三回ヒットするか、戦闘不能になるか、が勝利条件となっている。我々の試合は後者ばかりだ。

 味気ない試合が続く中、最も見ごたえのある試合が始まろうとしていた。

「リオン、わかってると思うが、油断するなよ」

「うん。キュラの試合を見てても、いざ自分が戦うとなるとどう動いていいかイメージできない……無駄が無くて、キレイで、見惚れるほどで……」

「考えてても始まらないだろ? ……決勝でも手加減要らないからな」

「ふふ、首を洗って待っててね」

 俺は、闘技場の最前列を陣取り、リオンを送り出した。

 向かいには、キュラとカルドフが見える。

 キュラはポーカーフェイスだ。それまでの試合でもその表情が崩れることはなく、剣に賭ける情熱がひしひしと伝わってきていた。

 そんな彼女をニヤニヤしながら顎で使うのは、魔法グループの優勝者様だ。

「万が一にも負けることは無いと思うが……わかってるよな?」

「……はい。カルドフ様」

 キュラは、真っすぐリオンを見据えている。

『キュラ対リオン・マーガウェルによる準決勝第二試合、間もなくスタートです!』

 一丁前に実況の生徒もいる。盛り上げようの無い試合が多かった分、やっと本領発揮と、肩を回している。

 胴元も注目度が高い試合の方が利ザヤが大きいようだ。賭けを持ちかける声に力が入っている。

 ただ、外野がいくら騒ごうが、二人には届かない。

 二人の神経は、試合開始の合図に傾けられている。

 歓声が止むことなく、人々の期待は最高潮を迎える。

 それを察するかのように、実況者は盛り上がりに感情を乗せ、叫ぶ。

『レディ……ファイッ!!!』

 様子見する間も無いまま、両者は会場中央に駈け出す。

 赤髪と銀髪が閃光のように動線を描きながらぶつかり合い、木刀の響く音が幾重にも重なって聞こえる。

 すさまじいスピードはさることながら、衝突音は魔法で威力を抑えているとは思えないほど場内に響き渡る。

 実際にリオンと打ち合った自分だからわかるが、少しでも気を緩めれば剣は簡単に弾かれてしまうはずだ。

 そうならずに観客を黙らせるほどの手数を重ねる両者に、尊敬の念を否めない。

 事実上の決勝戦。

 俺が彼女たちに敵うはずはない。

 お互いに両手で木刀をしっかりと握り、緩急織り交ぜながら攻勢をしかけ、相手の緩急にも対応しながら攻守に全力だ。

呼吸ができているかも疑問に思うほど、両者はその手を休ませない。

心配になってリオンの顔を垣間見ようとすると、笑み……楽しんでいるように見えた。

『私、うれしいよ』

何かを話しているようにも見えるが、剣戟音にかき消され、聞き取ることはできない。

 一瞬、キュラのポーカーフェイスにほころびが見えたような気がした。

『試合中に何ですか、急に』

『思ってたとおり、いや、思ってた以上にスゴイ』

『試合に集中してください!』

『負けないよ!』

 ひときわ強いひと振り同士のあと、両者はいったん距離を置いた。

 さすがに二人とも息を切らし、見合いながら呼吸を整えている。

 しびれを切らしたのは、当事者ではなく、無神経なアイツだった。

「キュラ! 何をてこずってるんだ! 情けない、プランBだ!」

「カルドフ様、もう少しお待ちください……そんなことせずとも、このまま……」

「黙れ! 俺に逆らうのか!」

 水を差す怒鳴り声に対し、キュラは初日に見せたような怯えた猫のような表情を、一瞬だけだが隠せなかった。

 伏し目になり、何かをつぶやいたかと思うと、再びリオンに向かって足を踏み込んだ。

「なに? 必殺技!?」

 リオンはその場で姿勢を落とし、待ち構える。

 すると、なぜか辺りがひんやりと冷たく感じ、背筋に寒気が走った。

 それに気を取られている隙に、事態は動いていた。

「ぐっ……!?」

 剣で受けられるものは受け、避けたほうが得策であれば隙が生まれない範囲でかわす。

 これまでと同じような剣戟の応酬……のはずだった。

 実況も会場も盛り上がる。『おっと! ついにキュラが先制だ!』

 先ほどまでに準じてかわしたはずの太刀が、リオンの左肩に直撃したのだ。 

 檄を入れた輩は、ニヤニヤと笑っている。

 苦痛でリオンの顔が歪むが、二撃目も容赦なく飛んでくるため防御をおろそかにしている暇はない。

 ただ、受けるにしてもそれまでより押し込まれ、防戦一方となる。

 リオンは、本能的になのか、避ける際に感覚よりもマージンをとって距離をとる。これが功を奏し、二回目のヒットとはならなかった。

 キュラの剣が一瞬大きくなるような……。

 冷気は強まるばかりで、リオンの息が白く見え、やはり何かしゃべっているように見える。

『氷魔法……だね』

『……本当はこんなことはしたくないのですが……申し訳ありません』

 リオンはいまのキュラに慣れてきたのか、補正された動きで見事に対応している。

『ううん、すごいよ、剣だけでも強いのに、魔法も重ねられるなんて』

『この大会では禁止された行為です。……ただ、カルドフ様が根回ししていて、反則にはならないようになっています』

 キュラの勢いも元に戻ったような気がする。それでも、相変わらず互角だ。

『私は魔法使えないから、剣で押すしかないけどね。遠慮は要らないよ』

『遠慮なんて……』

『魔法の使い始めは別として、そのあとはわざと芯を外してるんじゃない?』

『……そこまでわかるんですね……あなたとは、正々堂々戦いたかった』

『あの人の言うことなんか聞かなければいいのに』

『……あなたには、私の事情なんか分からない』

 再びキュラのスピードが増した。リオンはそれに食らいつくが、やはりじりじりと押し負けてしまう。

 キュラの剣に押し込まれそうになりながら、リオンが何かつぶやいている。

『……苦しそう』

『え……』

 それに対してキュラの剣が一瞬止まったように見えた。

『剣は、誰かを守るために振るうものだと思う』

『っ……』

『だから、私は負けられない』

『私だって、負けられない!』

『理由、教えて……私が勝負に勝ったら、ね!』

『!』

 決着は突然だった。

 リオンがキュラの剣を大振りで払いのけ、キュラの姿勢がわずかに崩れた。

そのままリオンが背筋全力の大きな振りかぶりで、キュラに太刀をあびせかかる。

キュラが対応するには十分な間があり、コンパクトな横斬りでリオンの胴を狙う。

……リオンはそれを待ってましたと言わんばかりに、太刀筋を逸らし、斜め下への振り下ろしをバウンドさせるようにし、逆にキュラの胴を射程にとらえた。

傍から見れば一瞬の出来事だったが、俺にはこの一撃でキュラが戦闘不能になるほどのクリーンヒットになるビジョンが鮮やかに浮かび上がった。

 その結末に、場内は静まり返った。


『勝者……キュラ!』


 俺には何が起こったかわからなかった。

 リオンの勝ちだった……はずだ。

 だが、実際には両者がぶつかるほんの直前、リオンの動きが止まり、防御のためのキュラのひと振りが、リオンの脇腹に直撃した。

 リオンは吹き飛ばされるように倒れ、起き上がるそぶりもない。

「リオン!!!」

 俺はリオンに駆け寄るが、反応は無い。

『救護班!』

 俺は弾かれ、リオンは言葉無いまま担架で運ばれていく。 

 事態が飲み込めずに呆然とする俺の目に映ったのは、俺以上に生気を失った顔で立ち尽くす、勝者とは思えない風貌のキュラの姿だった。

 視線が合わず、明らかに動揺している。

 そこにのそのそと近づくのは、カルドフだ。

「ったく、てこずらせやがって!」

「カルドフ様……まさか、妨害魔法を……」

「……勝てばいいんだよ、勝てば」

 合点がいった。

二人の会話から、その類いの魔法で横槍が入ったのは明白だ。

勝利を目の前に急に動きが止まったリオン。

一瞬のことで、リオンも、そして、キュラも反応できず、全力の一撃が炸裂してしまったのだ。

 近くに敗者側の人間がいるのに平気で仕掛けを明かすということは、正しようがない仕組みになっているということに他ならない。

「決勝は手こずるなよ」

「……私の負けです。申告してきます」

「あぁ……? そんなことさせるわけねえだろうが」

 カルドフは途端に不機嫌な顔になり、平手打ちを振りかぶった。

 キュラは避けようとしない。避けられないはずはないが、避ける気力が無い。

 俺は——。

「ぐふっ!」

 会場に響いたのは、カルドフの汚い断末魔だった。

 近くにいたのが幸いし、俺はとっさに奴の頬を殴っていた。

「カルドフ様!」

 キュラは驚いて駆け寄るが、カルドフは高いプライドで払いのける。

「て……めぇ……庶民が俺の顔を!!!」

 条件反射みたいなものだったが、もう後には引けない。

「無抵抗の女性をはたこうとするから仕方ないだろ。お前をまだ殴り足りないが、救護室に行くからほっておいてくれ」

 敵に背中を晒す。

魔法トーナメント優勝者の自慢の魔法が飛んでくるが、『一眼二足三胆四力』の応用で、回避しながら会場を後にした。


「リオン、大丈夫か、リオン!」

 救護室では試合後の生徒たちがベッドに並べられているが、リオンはことさら広くカーテンで仕切られたところにいた。

 病院で言えば集中治療室のようなところなのだろうか、魔法使いと思しき面々が、総出で治癒魔法を唱えている。

 トーナメントの特性上、このようなバックアップは必須だが、その中でもこの手の施しようはそれだけ重症だということを意味する。

「ぐはっ……はぁ……はぁ……」

「リオン!」

 呼吸の仕方を思い出すかのように、息を吹き返す。それでもまだ呼吸は苦しそうだ。

 直撃したのは脇腹。おそらく、肋骨の骨折や、下手すれば肺損傷も起こしているかもしれない。

 治癒魔法がどれだけ信用できるかわからない。

さらに数分。

 甲斐あって、リオンの表情と呼吸が落ち着いてきた。

 捌けていく救護班にお辞儀をし、ベッドに駆け寄らずにはいられない。

「リオン、大丈夫か?」

「……ユーイチ? ……そっか、私、負けちゃったんだ」

「そんなことは二の次だ。……無事でよかった」

「……心配してくれたの?」

 布団にくるまったリオンは、病み上がりのせいか年相応の可憐な少女に見える。

「……当たり前だろ」

 つい視線を外し、向こうの壁に話しかけてしまう。

 横目で見ると、リオンは天井を眺めてため息をひとつ。

「勝って洗いざらい聞き出す、って約束したのにな」

「……? なんのことだ?」

「——目を覚ましたんですか!?」

 心配そうな顔で駆け付けたのは、キュラだった。

 相変わらず足音を立てずに走ってくる、まるでくのいちのようだ。

 キュラは呼吸を整えながら、次第に表情が和らいでいった。リオンがおどけた顔をしているのが救いだったようだ。

「本当にすみませんでした……」

 深々と頭を下げる姿に、リオンは恥ずかしそうな顔で答える。

「真剣勝負だったし、こういうこともあるよ。それにしても疲れがでたのかな、最後の最後で動かなくなって」

「それは……カルドフ様の魔法のせいです」

「え!? あいつ、めっちゃヒキョーじゃん! 殴ってやらなきゃ」

「……俺が殴っておいたぞ」

「そうなの? ありがとう!」

 キュラ曰く、殴られたカルドフはその足で運営側に訴え出たそうだ。彼女はそれをなだめつつも聞く耳を持たない姿に辟易し、ここに向かうことを優先したとのことだ。

 リオンは背伸びをして、「うぅ……ん」と無駄に色気のある声を漏らし、ついでに、

「そうとなれば、いつまでも寝てらんないね。気絶してるとユーイチに裸にされちゃうからね」

「誤解を生むようなことを言うな! あの時とは状況が違うし……ま、冗談言えるくらいに元気になってよかったよ」

 いたずらなにやつき顔に対し速攻で訂正を入れ、過去の過ち(といっても、心臓マッサージするために邪魔な軽鎧を脱がせただけだが)をうやむやにする。

「お二人は、いつもこんな感じなんですか?」

 吹き出しそうになるキュラの指摘に、俺とリオンは顔を見合わせた。

 返事に困っているのを見て、キュラは結局くすりと笑った。

「リオンさん、私の話でよければ聞いてもらえますか? カルドフ様に従う理由です」

「……いいの?」

 『勝って洗いざらい聞き出す』とはこのことか。俺は傍観者に徹した。

 キュラは少しうつむき加減のまま、胸元で拳をぎゅっと握った。

そして、真っすぐこちらを。その目は力強く、決意が感じられた。

「……私は、孤児として生まれました」

「「!」」

 キュラのモノローグは以下の通りだ。

——救いを差し伸べてくれる人も無く、ただ飢えをしのぐために盗みを繰り返す日々。幼い中で生き残るにはそんな方法しか思いつかなかった。

同じ立場の人間がひとり・またひとりと捕まって折檻を受け……姿を消していく。そんな中、必死にもがいて剣技につながる様な動きが自然に身についていった。

生きることにしがみつくつもりは無かったが、あきらめる理由も無かった。

そんなある日いつもの街中で、ある裕福な貴族の財布を狙ったときにイレギュラーが生じた。

その貴族がカルドフだった。


キュラは胸のあたりをぎゅっと握りしめ、続けた。

——財布に手をかけたとき、いつもの通りそのまま逃げおおせると思った瞬間、腕をつかまれた。

狙いがバレていた。実際には罠……盗みやすそうに財布をわざとちらつかせて、スリが釣れたら再起不能に痛めつける。そんなお遊び。

 

回想でも殴り足りない輩だ。それでどうして逆らえない相手になるのか。

——裏道に連れていかれて、拷問のような私刑を受け……暴力をいなしたり、氷魔法でダメージを軽減したりしてなんとかしのぐも息も絶え絶えとなり……。

虫を殺すような感覚で踏みつぶされ、魔法で焼かれ。

その軽薄な殺意に、むしろ生の諦めを与えられ、無抵抗になろうとしたその瞬間。

『へぇ、ここまでやっても死なないのか、クズのクセに丈夫な奴だ……それに……魔法も使えるのか。面白い、飼ってやるか』


 彼女の罪をきれいには洗い流せないが、同情は禁じ得ない。貴族の歪んだ感情に、虫唾が走る。

——面白半分でカルドフの屋敷に連れていかれ、パンと服を渡された。

思い返せば、古くカチカチになったパンと、使用人用の使い古しの服だった。

……それでもうれしかった。

これをきっかけに雑用を与えられながら、見様見真似で剣技や魔法を磨き、一定の立場を得た。

……形はどうあれ、カルドフは救世主になった。


 リオンはバツが悪そうに掛布団で口元を隠した。

「……ありがとう、話してくれて。あと、ごめん、話させてしまって」

「いいえ、聞いてもらってありがとうございます。誰にも話したことは無かったですから。それに、あなた方には聞いてもらいたいと思って話しました。……たとえ幻滅されたとしても」

 リオンは布団から飛び起き、キュラの手をぎゅっと握りしめ、

「今度は負けないよ、よろしくね」

「! ……はい」

 二人が握り合った手に、キュラの涙が落ちて弾けた。

 リオンのこういうところは尊敬すら抱く。

『ユーイチ・マーガウェル、試合の時間だ』

 気づくと、救護室の入り口付近に運営の人間と思しき数人が立っていた。

 俺とキュラの決勝戦のことを指しているのか。心身ともにすり減らした直後のキュラと戦うのはフェアではない。それでも実力差は歴然のため、リオン・キュラ戦以上のパフォーマンスはできない可能性が高い。少なくとも、仕切り直しとしてほしいところだ。

「延期にはできませんか? キュラも万全ではないでしょうし……」

「勘違いしているようだが、これから行うのは、君とカルドフ氏とのエクストラマッチだ」

「「「!!!」」」

 使者は淡々と伝える。

「カルドフ氏より、運営に提案があったのだ。このままでは、ユーイチ・マーガウェルは試合外の暴力沙汰で退学がふさわしい。ただ、それでは優秀な人材を可能性ごとつぶしてしまうことになる。そのため、特別試合を準備し、その内容によっては特別配慮も禁じ得ない、と。つまり、カルドフ氏による温情処置だ」

 建て前ではそうだろうが、本音はオフィシャルな場でさっきの仕返しをしたいだけに違いない。一応、向こうは魔法トーナメントで優勝した実力の持ち主だ。自身が有利と踏んだんだろう。

 リオンはベッドに座したまま、俺の服の裾をちょんちょんと引っ張ってくる。

「ユーイチったら、入学したばかりなのに退学の話が出ちゃうなんて……どうするの?」

「受けるしかない、だろうな」

「ユーイチさん、危険です! カルドフ様は……」

 心配するキュラに、そっと耳打ちをする。

(不正は想定内だ。アッチは絶好の復讐の機会だと思っているだろうが、俺からすれば追加のお仕置きのチャンスだと思っている)

「そんな、何をされても文句を言えない状況ですよ!?」

 キュラは納得していなそうだが、運営に「YES」の返事をし、会場に戻ることとした。

 リオンは静かに頷き、裾を持つ手を離した。

 さて、うまくいくだろうか。


 会場は、先ほどの熱戦以上に盛り上がりを見せていた。

『前代未聞、魔法トーナメント優勝者と、剣技トーナメントの決勝進出者によるエクストラマッチ! 相性としては魔法が有利とされる中、どんな展開を見せるのか!?』

 煽られながら、因縁の相手と対峙する。

 明らかに青筋を立て、こちらをにらみつけてくる。

「……殺す」

 本音が漏れ出しまくっている。キュラは向こう陣営に戻り、なだめようと必死だが、手を振り払われてしまう。

「ユーイチ、無理しないでね」

 リオンはすっかり回復し、セコンドを務めてくれている。

「……手加減しないとな」

 試合開始直前、文字通り空模様が怪しくなってきた。とぼけているが、こちらの下準備が進んでいる証拠だ。

『それでは、エキシビジョンマッチの開始です……レディ……ファイッ!』

 待ってましたと言わんばかりに飛び掛かってくるのは、先方だ。

「あのゴミムシを燃やし尽くせ! ファイアボール!」

 感情を抑えきれずに速攻を仕掛けてくる。

 戦い方は昨日見させてもらっている。

 炎魔法で相手を火炎に巻き込み、いたぶる図式だ。試合の規定により威力が十分の一になっているはずなのに、炎は巨大かつ凶暴で、他を圧倒していた。

 いま目の前に迫ってくる火球も、手加減なく殺意が込められている。

「≪防災士『災害対策』≫!」

 本来この資格は、その名の通り防災の専門資格であるが、俺の『能力』で災害に準じるものを弱体化させ(実際には盾のような透明な厚い壁が構築され)、ものともしない。

 学園生活の中で同級生たちがそれぞれの個性を生かした魔法を披露する中、仮に相まみえることがあれば使えるようにしておこうと編み出しておいた防御策、いわば『防災盾』だ。

 こちらの魔法が十分の一になることが多少懸念ではあったが、なぜか見知った力強さのまま、火球を散らしてくれている。

「なっ……!? ファイアボールが効かない……うそだ、うそだ、うそだ!」

 慌てて得意の魔法を連撃してくるが、『防災盾』はその厚みを保ち、熱量も感じずに済む。

 空は黒雲が集まり始めている。異質な空気感からか、そのことに気付いているのは俺とリオンだけだ。

 カルドフは完全に頭に血が上り、血管が切れそうだ。

「……本当に殺すつもりでやらねぇといけないみたいだな!」

 乱暴に両手を頭上に掲げ、それを見たキュラは血相を変える。

「カルドフ様! この状況で『獄炎の詠唱』はお止めください!」

「うるせぇ……アイツが悪いんだよ、変な悪あがきしやがって……」

「カルドフ様!」

 必死になるキュラ。リオンも心配そうにこちらを見ている。その理由はこの試合が始まる前にキュラがたまらず教えてくれたカラクリのせいだ。

 ——カルドフは弱体化を受けていない。

 これが不正の本筋だ。名門貴族の特権なのか、本来は試合の安全担保の名目で行われている弱体化魔法が、カルドフのみ適応外となっている。もちろん運営側も、グルだ。

 それならば、昨日のトーナメントも出来レース以外の何物でもない。それを見抜けなかったのは悔しいが、見抜いていたとしても指摘は通らなかったことだろう。

十倍以上の実力差が無いと互角にならないなんて、ばかげている。

 だからこそ、卑怯者は今回も自信満々にマッチメイクしたのだ。

 奴にとって想定外だったのは、俺が規格外の『能力』を持っていたということだ。剣技メインの生徒として過ごし、学園内でひけらかしていなかったのが功を奏した。

 加えて、俺にとって想定外だったのは、こちらの『能力』も弱体化を受けていないということだ。

 想像するに、おそらく特殊な『能力』としての位置付けになっているせいで、魔法として認識されていないからなのかもしれない。

 その証拠に、『防災盾』は毅然と構え、そして、空も……。

 辺りがだんだんと暗くなっているのに気づかないあちら様は、詠唱とやらに夢中だ。

「……慈悲を持たぬ獄炎よ、空腹を満たすべく全てを飲み込め……灰燼も残さず拭い去れ」

 物騒な文言が並べられている。

 リオンも不安を隠せない。

「ユーイチ! 本当に大丈夫なの!?」

 強力な魔法なのは想像にたやすい。一般レベルでは使えない代物だろう。正々堂々と戦っても善戦したかもしれないのに。……愚策はすべてをマイナスに帰す。

 リオンとキュラの心配をよそに、俺は思ったよりも冷静だった。

「ガソリン石」のかけらをそっとポケットから取り出す。

使い方は、温泉掘削と同様、『危険物取扱』で爆発範囲を限定させながら雷を当てる、それだけだ。

「俺も遠慮はしない。お前が他人の命を平気で軽んじるならな」

「ゆく道に塵も残すな……魂までも焼き尽くせ……『クルーエル・ブレイズ』!」

 赤黒い炎が竜を型どるかのごとく、術者の両腕から解き放たれる。

 それは当然のことながらこちらに向かって牙を剥く。

 それを予見していた観客たちは、俺の背後から姿を消し、残っているのはセコンドのリオンだけだ。

 他の人間を巻き込むかもしれない愚行、それを無神経にやってのけるのも気に食わない。

 ……そうはさせない。

「な……」

 途端にカルドフの顔が曇る。

 渾身の一撃は、滑り台のように変形させた『防災盾』により、滑り台を逆走する悪童のごとくベクトルを捻じ曲げられ、斜め後ろに消えていった。

「今度は俺の番だ」

 このタイミングで、空の異変に気付く者が多数。そこにはカルドフも含まれていた。

「なんで『クルーエル・ブレイズ』を跳ね飛ばせるんだよ……なんで雷魔法を操れるんだよ……」

 正確には魔法でないのだろう、やはり威力はいつも通りだ。

「警告①、雷警報が出ているときは、しゃがんでやり過ごせ」

 ゴロゴロ……ピシャ——

「ひぃぃぃっ!?」

 一筋の閃光がカルドフの近くに振り落とされる。

 側撃に襲われることはなく、震える貴族は身をかがめたままだ。

 ちなみに、人に雷が当たらないように、『防災盾』を会場に広く張っている。奴も含めて直撃しない仕掛けだ。こうしなければ、周りを巻き込むことも厭わない無神経人間と同じ穴のムジナになってしまうからだ。

「警告②、当てようと思えば当てられる」

 雷のことではない。「ガソリン石」による二撃目のことだ。

 ガソリン石を高く放り投げる。

 ゴロ……ピシャ——

 ゴォォオォォオ!!!

 ガソリン石の爆撃を『危険物取扱』で調整し、ちょうど雷を追い返すように天に向け、その衝撃はまるで昇竜だ。

 黒雲をその軌跡で散らし、晴れ間が顔を出す。

 会場は、沈黙に包まれた。

 皆、事態が飲み込めず、口をぽかんと開けるのみだ。

「警告③、続けたいなら続けるぞ?」

「ば、化け物が! く……クソが……クソがぁぁぁっ!」

「どうするのか聞いているんだが」

 意味ありげに俺は奴に手を掲げる。実際には魔法を繰り出すとかそんな意図は無いが、意味を勝手に付け加えてくれる。

「ぐっ……クソッ……くそ……降参だ」

 状況を理解するのに個人差があるが、次第に会場は沸き立ち、

『……なんということでしょう、こんな魔法、見たことありません。……勝者、ユーイチ・マーガウェル!』

「ユーイチ!」

 リオンがセコンド席から一目散に飛びついてくる。

「リ、リオン!?」

「……よかった……ユーイチのこと信じてたけど、心配で」

 俺の胸のあたりにこすりつけられる彼女の顔。表情は見えないが、涙が沁みてくるのを感じた。

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