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第五話『朧』

俺はテストが終わるまでの間、天音の勉強を見ることになった。しかし、もちろんのこと特訓もしないといけない。


「傑、久しぶりだな。最近店に来ねえじゃん」

「俺にも事情があるんだ。前話した幼馴染が厄介でな、しばらくはここに来る頻度が落ちる」

「ふーん、高校生ってのはそんなに大変なのか」

こんなに大変なことになっているのは俺だけかもしれないが、待てよ、和文は確か俺より年上だと思うのだが。

「和文だって高校生だった時があるだろ?」

「そりゃあ、あるけど……ほとんど行ってなかったからなあ」

何か訳アリのようだ。

「そういえば、和文の身内話は聞いたことがなかったな」

「おいらの話なんて、特に面白くはないぞ? 実家の周りなんて田んぼばっかりで、おいらたちの茶屋には見慣れた顔しか来なかったよ」

「実家は、茶屋なのか」

まあ、ここも特別、都会というわけではない。和文の話を聞く限り、実家というのはここより田舎そうだ。

「茶屋なんて言っても、抹茶と団子しか出てこない、なんちゃって茶屋だけどな」

「俺は好きだぞ、そういう方が」

「奇遇だな、おいらもだ」

和文は愛されているんだな、と俺は思った。過ごしやすそうな、きっと空気もおいしい場所なのだろう。

「さあ、特訓に戻るか」

「じゃあ、先においらのを見てくれよ」

「最近やけにやる気だな」

軽く伸びをした和文は、花瓶から一輪のバラを取り出した。

「タイムリターン」

和文の手に持たれたバラがつぼみへと『戻る』。

「それ、前は普通に触っただけで『戻る』って言ってなかったか?」

「そんなんだけどよ、なんか口に出した方がかっこいいだろ? それに、この方が成功しやすいんだぜ」

「まあ、成功する方がいいか」

俺も口に出すから文句は言えないな。別に俺はかっこいいからという理由で口に出しているわけではないが、成功しやすい、というのはあながち間違ってはいない。

「でも、前やったのとは少し違うんだよ」

「どういうことだ?」

「前はコップに入った水をこぼして、それを元に『戻した』だろ? その時は『戻れ』って思ったら出来たんだけど、なぜか動物とか植物には効かないんだよ」

どうやら『時間』の力には、ものの性質によって効果に違いがあるらしい。

「なるほど、それで別の方法を試した結果がこれか」

「うん。しかも、知らないものは『戻らない』し」

「興味深い話だな」

知らないもの、過去の状態が分からないものに関しては、イメージが出来ないために力が発動しないのだろう。俺の『天気』と違って、和文の『時間』はより的確なイメージが必要になるのかもしれない。

「でもさ、そうなると、京子姐さんの『記憶』ってどうやってるんだろうな」

「それは俺もずっと考えていたんだけど、俺を助けてくれた時って、知らない相手だったわけだから、知っている人に対してじゃないと使えないってことじゃないんだよ」

「うーん、難しくて頭が痛いぜ」

京子さんの『記憶』はイメージうんぬんではないのか? 聞いたら詳しく話してくれるだろうか。そもそも本人は力の使い方を熟知しているかも不明だ。

「二人とも座り込んで、何してるんだい」

なんやかんやで京子さんが店から出てきた。

「いやあ、姐さんの力はどうなってるのかなって考えてたんすよ」

「そうだねえ、少しヒントでも出してやろうか」

これは、学校の授業より面白い話が聞けそうだ。こういう言い方をするということは、力の在り方について理解しているように思える。

「望むところっす!」

「あんたたちは、『記憶』とは何か分かるかい?」

難しい質問だ。俺は数秒考えたのち、一つの答えを導き出した。

「もしかして、全てか?」

「さすが傑、頭が良いねえ。そう、見たもの聞いたもの、全てが『記憶』なのさ」

「なんだよそれ。じゃあ、飯食ったりしてるのも『記憶』なのか?」

京子さんが言う理屈ならそうなる。生きている上で経験してきたもの全てが『記憶』なのだとしたら、それを操る力を持つ京子さんは、逆に何が出来ないというのだろう。

「かずが言うことも合っているよ。あんたたちはもう気づいているだろうけど、力を使うにはイメージが大事なんだ。でも、あたいにはその必要はない。なぜだか分かるかい?」

イメージすること、それは絶対に無くてはならないもので、誰しもが持っているものだ。イメージが必要ない、いや、違う。『記憶』自体がイメージなんだ。

「おいらには……分かんないっす!」

「傑は、もう分かっているみたいだねえ。まあ、かずもいずれ分かるさ。答え合わせは、あんたたちが一人前になったらしようかね」

そう言って、京子さんはまた店に戻っていった。

「おい、傑は分かったのか?」

「なんとなく、だけどな」

「教えてくれよ! 今回だけ! 頼むよ!」

知りたいことはまだ山ほどある。せっかく京子さんが考えるきっかけをくれたんだ、カンニング行為はご法度だろう。

「誰でも持ってるもの。それだけ伝えとこう」

「なんだよ、姐さんみたいな言い方するなよ、余計分かんねえじゃんか」

和文は頭を抱えてしまった。

「俺も考えている途中なんだ。まあ、少し休むか」

「だんだん暑くなってきたからな、おいらたちも一旦店に入ろうぜ」

京子さんの『記憶』について、少し近づけた気がした。


翌日以降、俺は天音と相変わらずの生活を送っているが、そんな日々の途中、夜の神社でまた和文と出会った時のことだった。

「おいら、ふと思い出したことがあるんだよ」

「珍しいな。その日暮らしの和文に、懐かしむ思い出があるなんて」

「それ馬鹿にしてんな? いいから聞いてけ!」

さすがにバレたか。まあ、たまの思い出くらい、聞いてやろう。

「分かった分かった。それで、何を思い出したんだ?」

「傑が見せてくれた『朧』、そういえば昔、不思議な体験をしたんだ」

和文は静かに語り出した。


十年ほど前、和文がまだ小学生だった頃。

「母ちゃんも父ちゃんも、大っ嫌いだ!」

「かずちゃん!」

「和文! どこへ行くんだ!」

なんてことない喧嘩だった。茶屋を営む両親、構ってもらえない和文。その日常で起こった、些細な喧嘩。和文は家から飛び出し、田んぼが広がる一本道を走り抜け、気が付けば、山の中にいた。

「ここは、どこだろう……」

喧嘩のことは忘れ、途端に不安になる和文。周りには濃い『霧』がかかり始めていた。

「帰り道分かんないよお……」

どんどん山の奥へと進んでいく。それは故意ではなく、迷いに迷った挙句、無意識に奥へと入り込んでいたのである。完全に夜になり、満月に『霧』が被さっていた。

「母ちゃん、父ちゃん……ごめんなさい……」

謝ったところで誰も助けには来ない。ついに、和文はその場に座り込んでしまった。

「帰りたい……お家に帰りたいよお」

「こんな『朧月夜』に、人が山に入るなんて珍しい」

誰かの声が聞こえた。和文が前を向くと、一人の女性が立っていた。着物姿の顔立ちの綺麗な女性。

「お姉さん、誰?」

「誰でもないわよ、ただ『朧』に存在しているだけだから」

もちろん、和文には理解できなかった。よく見ると、女性の背後で何かが揺れている。

「おぼろ? おいら分かんないよ」

「人ならざる者が、人になれる日、それが『朧月夜』なの。せっかくの満月だって、必死に正体を隠しているのよ」

山の奥、『霧』は晴れそうにない。女性は和文に手招きをする。

「お姉さん?」

「帰り道を教えてあげるわ。『朧月夜』は人には危険だもの」

和文は女性の隣で、袖をそっと掴みついていく。やっぱり、女性の背中で何か揺れているように感じるが、『霧』に包まれていて分からなかった。

「お姉さんは、お山に住んでるの?」

「ええ、そうよ。でも、あなたはもうここに来てはいけない。特に『朧月夜』の日にはね」

「なんで?」

純粋無垢な和文の質問に対し、女性は静かに答えた。

「あなたは、食べちゃいたいくらい可愛いから」

背中がぞわっとして、女性を見上げる。その瞬間、和文の意識は途切れた。


「それで、気が付いたら家で寝てたんだよ」

普通に怪談話だった。予想していなかったため、鳥肌が止まらない。

「か、和文……無事で何よりだ」

「でもな、起きたのは家出した日の朝だったんだ」

女性に助けてもらったと思ったら、時間が『戻って』いたのか。力をコントロール出来なかったが故の自動発動だったのかもしれない。

「その女性の顔は見たのか?」

「それが覚えてないんだよなあ。起きた時に、とても怖かった記憶はあったから、おいらはその日、家出をしなかった」

勝手に力が発動して、家出した日の朝に『戻った』。そして、結局家出した事実は消えたというわけか。

「間接的ではあるけど、未来を変えてしまったんだな」

「うーん。あの日家出をしていたら、なんか変わってたのかな?」

「いや、それで良かったんだよ」

俺の勘だが、また家出をしていたら、また『霧』の濃い山奥で迷い、また同じ女性に出会っていただろう。そして、その女性は和文を……。

「そうだな! 考えても分かんねえし!」

「そろそろ夜も更けてきた。いい加減帰ろう」

今夜は満月、月の光が神社を強く照らしている。さすがに、この話を聞いてから『朧』を発生させるのは気が引ける。

「じゃあ、また店でな!」

「おう、気をつけて帰れよ」

俺たちは神社を出て、そのまま左右別々に歩き出した。


「傑! どこ行ってたの?」

「散歩だよ。さあ、勉強は明日にして、早めに寝るぞ」

天音は少し心配していたようだ。机の上のプリントを覗き込むと、俺が外出する前の時点から、何も変わっていなかった。

「はあ、疲れた」

「おい天音、何も進んでないじゃないか……!」

俺が問い詰めようとすると、天音は逃げるように布団に潜り込んだ。

「おやすみー」

「お前って奴は、本当に……」

本格的に天音が寝てからも、俺は和文から聞いた話が忘れられず、ずっと考えていた。

「危険察知による力の発動……『時間』の巻き戻し……」

特定の物の時間を『戻す』ことが可能なのは明らか。しかし、時の流れさえも『戻す』ことが出来るのなら、この力の扱いは慎重にしていかないと、とんでもないことになる。

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